akane
2019/04/30
akane
2019/04/30
「知恵」という言葉は誰もが知っている言葉でしょう。
同じ「ちえ」と発音しても、仏教で「智慧」と書くこともあります。それは「聞慧(もんえ)」「思慧(しえ)」「修慧(しゅえ)」の3つの「三慧」から成り立ちます。
聞慧とは、授業で聞いたり本を読んだりして、聞いたことや書いてあることを事実として知ることです。思慧とは、聞慧として身に付いたものごとに関して、自分なりにそれらの間のつながりを組み立てたり、それらの背景を理解したりすることです。最後の修慧は、思慧として身に付いたものごとについて、きちんと説明できるように書いたり、それらを応用して実践したりすることを指します。
この視点で考えると、問題が単に解けるレベルと、問題の解法を上手に説明できるレベルの差は大きいことは分かるでしょう。
さて、「説明するときに相手を思う心」がなぜ大切なのか。ここでは、25年にわたって数学教育に携わってこられた桜美林大学教授の芳沢光雄さんの近刊『「%」が分からない大学生』から、数学の教えや学びという観点から説明していきましょう。
芳沢さんは、大学の数学科教育法を履修している学生の一部に面白い現象を見たそうです。
それは、いつも何人かの学生が、休み時間などを使って数学に関してよく議論していたそうなのですが、そうした人たちの成績がどんどんアップしていったという事実です。
また、ある日、芳沢さんが同志社大学の理工学部で授業をしていたとき、鋭い質問をした女子学生がいたそうです。
すると、その学生の先生は、「芳沢さんはよく見抜きましたね。この学生はとても優秀なんですが、彼女は友だち同士でしょっちゅう教え合っているんです」と語ったそうです。
芳沢さんは、何十年の前から「数学は教え合うと効果的な教材である」ということを薄々感じていたそうですが、この2つの件をもってそれは確信へと変わったそうです。
日本では、なぜか数学に関しては、自らの年齢などに照らし合わせ、自分が分からないことを堂々と質問することがはばかれるような“空気”が流れていると芳沢さんは語っています。
この“空気”が充満しているかのような環境では、相手がいくらフレンドリーに語る教員であったとしても、生徒や学生から見れば距離を置きたい相手となるでしょう。したがって、ほんとうは質問したいと思っていても、「こんなことを聞いたら恥ずかしいんじゃないか」と思うような内容は、先生にはなかなか質問できないでしょう。
芳沢さんは、1981年にアメリカのオハイオ州立大学に滞在しているとき、やさしい数学の内容でも、年齢にかかわらず無邪気に質問するアメリカ人に接して、日本とのギャップに驚いたそうです。
しかし、たとえそのような空気が充満していたとしても、気心の知れた友人同士であれば、恥ずかしい気持ちを持つことなく何でも質問できるものでしょう。
学生同士の次のような会話を耳にしたことはないでしょうか。
「ちょっと、ちょっと。この式、なんでこうなるか分かる?」
「バッカじゃない。この条件をそこで使えば、そうなるじゃん!」
「あっ、そうか。なんだ、なんだ。分かったよ」
何でも質問できる環境で話し合うことは、お互いの論理展開をチェックし合うことにもなります。これは、数学の専門家同士がゼミナールやミニシンポジウムなどで話し合うときも同じですが、論理展開におけるミスを気づくうえで話し合うことは重要です。
一方、次のような疑問を持つ方も多いのではないでしょうか。
「数学が苦手な人が得意な人に教えてもらうことにはメリットがあるでしょうが、数学が苦手な相手に教えるメリットは何かあるのでしょうか」と。
この疑問に対する回答こそが、冒頭で触れた「三慧」の発想です。
試験で100点を取った人でも、「三慧」の視点から見れば、まだまだ「聞慧」の状態の場合はいくらでもあるからです。したがって、そのような人は「思慧」、そして「修慧」のステージを目指せば良いのです。すなわち、100点を取った人が40点の人に教える場合でも、その人は「修慧」の段階の10000点を目指せば良いというわけです。
また、「修慧」の段階に立つ人にとって重要なのは、「相手の理解度や立場に合った説明を心がける思いやりの心が大切」であるということです。
教育の現場に限らず、企業でも、「そんなことも分からないのか」といった発言はもってのほかです。
どんなに運動神経の優れた子どもでも、例えばスキー場でスキーを習うとき、最初から上級クラスに入れて指導されるとスキーが嫌いになり、どんなに運動神経の劣った子どもでも、初心者クラスから丁寧に指導を受ければスキーを好きになるでしょう。
これと同じことです。
※以上、『「%」が分からない大学生』(芳沢光雄著、光文社新書)から抜粋し、一部改変してお届けしました。
株式会社光文社Copyright (C) Kobunsha Co., Ltd. All Rights Reserved.