akane
2019/08/02
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2019/08/02
最初のお目当てはルーヴル美術館。コンコルド広場でバスから降り、美術館へとつながる広大なチュイルリー庭園を突っ切る。
3人組の女性に声をかけられた。
「私たちは、車椅子や聴覚に障害がある方を支援している団体です! もしよろしければこちらに署名をお願いします」
用紙を挟んだバインダーを渡される。署名を書き進めていくと、最後にDonation(寄付金)という空欄が。
「団体のために寄付金を募っているのです」と言う。
「今ポンドしか持ってないから、ごめんね」
と言ったら「コインでも何でもいいんです、お願いします」とやけに食い下がる。
しぶしぶコインを探そうと財布を出してみたら、中に20ユーロ札が(当時、約2500円)。
うーん、20ユーロか~、ちょっときついな~。
としぶりながら考えていると、声をかけてきた40代女性は「なんだ20ユーロあるじゃん!」といった顔でスッとそれを僕の財布から抜き取り、自分のポケットに入れて、お礼もそこそこにサーッとどこかへ消えてしまった。
フランスの募金活動はいささか強引だな~なんて思いながらも、まぁ自分のお金がそういう団体の役に立つならまあ良しとしよう!
強制的に気持ちを切り替えて、ルーブル美術館でモナリザやミロのヴィーナスなどを見て回る。そろそろホテルに帰ろうかというときに、両替所で日本から持ってきた現金5万円を両替しようとした。
しかし! いくら探してもその5万円が見つからない。
すぐに、あのときだと確信した。そう、彼女たちだ。20ユーロを抜き取ったときに、その隣に入れてあった5万円まで一緒に持っていってしまったのだ!
いやはやたまたまとはいえ、あのほんの一瞬財布を出したほんのコンマ何秒、しかもこちらが気づかぬうちに鮮やかに数枚の紙幣を奪い颯爽と去っていく。
これがパリか。
それにしても、障害者を支援する団体(と、名乗る人たち)が車椅子ユーザーにお金をたかるなんて世も末だ。
観光から帰ってくると、レセプションに立っているスタッフさんたちが、かわるがわるに声をかけてくれた。
「ミヨ、今日は楽しかった? いい人に出会えた? 美しい景色を眺めることができた?」
まんまと騙されて落ち込んでいる僕を、なんとか元気づけてくれていることに気づいた。
最初のパリの印象は最悪だったが、彼らの温かな気遣いのおかげで、好きになっていった。
ローマから列車で1時間30分かけて北上し、フィレンツェへ。ローマの激しい石畳に比べると、意外とおとなしめなフィレンツェの路面に、まずはほっと胸をなでおろす。
それは、手始めにフィレンツェの超有名スポット、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂にでも行こうかなーと思っていた矢先の出来事だった。
やっと近くまでたどり着いたのに、あれ……いきなり車椅子がまったく動かない。
足元を見ると、車椅子の右側前輪が取れていた。
前輪が、ポロンって道に転がっているんだぁ……。
5秒ほど気を失った後、自分の頭をフル回転させて、状況把握と、ひいては対策と今後の人生について考えた。
車椅子屋探す? 自転車屋探す? 日本に電話する?
石畳を軽快に駆け抜けたせいで、壊れた……の?
え、もう帰国? 出国前記者会見までしたのにもう終わり……?
帰国にいくらかかる? 世界一周旅行券の日程調整できるのか?
なんでこんなに色々起こるの?
どうなっちゃうの? 俺!!!!!
すると、右前方から声が聞こえてきた。
「trouble?」
ハッと我に返ると、一組のイタリア人ファミリーが心配そうにこちらを見ていた。
以上、『No Rain,No Rainbow 一度死んだ僕の、車いす世界一周』(光文社)から一部抜粋しました。
三代達也(みよ・たつや)
1988年茨城県出身。18歳の頃バイク事故で首の骨を折り頸髄を損傷、車椅子生活を余儀なくされる。2008年、約9ヶ月間23カ国42都市以上を回り、世界一周達成。車椅子だから“こそ”の旅の魅力を全国で講演している。
公式ブログ http://wheelchair-worldtrip.com/
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