BW_machida
2021/07/29
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2021/07/29
2020年にヒットしたドラマといえば、「倍返しだ!」のセリフでお馴染みの『半沢直樹』でしょう。初回から20%を超える視聴率を叩き出し、最終回には32.7%という社会現象級のヒットを記録しています。
一方で、その人気ぶりが賞賛されるとともに「時代遅れだ」と非難する声も上がっています。治部さんはその原因の一つとして、女性キャラクターの描き方があると言います。
特に半沢の妻・花(上戸彩)と小料理屋の女将・智美(井川遥)の人物像は女性役割のステレオタイプを強調していました。
妻は「可愛くて難しいことは分からない」故に夫の脅威にはならず、女将はサラリーマンの口を優しく聞いてくれる都合の良い存在です。彼女たちが提供するのは「労働力の再生産」というケア労働であり、これが女性から男性に対して一方的に与えられる構図になっています。
企業で戦う男が主役である以上、女性が脇役になるのは必然ではあります。一方で、外で働く男に対して家庭で家事労働をして男性を支える女、という性別による役割分担の固定化は今では過去のものになっています。その点から見ると、半沢直樹における女性の設定は「古い」と言わざるを得ないでしょう。
さらに、外で働く女性の描かれ方も極端です。例えば半沢の敵役として登場する国土交通大臣・白井亜希子(江口のりこ)や政府系金融機関で働く谷川幸代(西田尚美)です。白井大臣は常に表情の変化がない能面のような顔で完璧に男社会に適応した言動を見せ、谷川もまた無表情なことから“鉄の女”と呼ばれるキャラクターとして描かれている、と治部さんは指摘しています。
こうした二極化したキャラクター描写は、『半沢直樹』と同じく2020年のヒットドラマ『私の家政夫ナギサさん』にも見られると言います。
主人公は28歳のキャリアウーマン相原メイ(多部未華子)。料理や掃除など家のことをする暇もないほど仕事に打ち込むメイを心配した妹が、メイの家に家政夫を送り込んだところから物語は始まります。当初は中年男性のナギサさんが家に入り込むことを嫌がるメイでしたが、多忙なメイの体調を案じて献身的に世話を焼くナギサさんに次第に心を許していきます。
ナギサさんというケアする男性、メイという働く女性像は古い性別役割分担に囚われない現代らしい価値観を反映したドラマであるとも言えますが、治部さんはこのドラマが前提とする「働き方の常識」に問題があると言います。
治部さんが問題視するのは、作中の登場人物がプライベートを犠牲にしてでも働くか、会社で働くことを辞めたというどちらかのパターンしかない点です。
物語の後半ではメイ自身だけでなくメイのライバルとして登場する男性も仕事が忙しすぎて家のことが全くできていないことが判明します。また後にナギサさんも、かつてはメイと同じ職種で、激務に心を病んだ部下が退職したことに責任を感じて家政夫になったという過去があることが分かります。
物語的には、ナギサさんというケア労働をしてくれる男性があらわれたことでメイは救済されます。しかし、治部さんはそれで「万事解決」としていいのかと疑問を投げかけています。
男性がケア労働に向いていることもあるし、自分のやりたい仕事に就いて楽しそうにしている様子は、男性の生き方の多様な選択肢を示している、と思います。でも、メイは、このままでいいのでしょうか。彼女は、ナギサさんに「お母さん」になってもらい、自分は馬車馬のように働けたら、問題は解決するのでしょうか。
治部さんがこのように思うのは、彼女自身がメイのように、あるいは半沢直樹のように仕事を何より優先して働いてきた経験があるからです。会社員時代、激務で明け方にタクシーで帰宅する日が続いた時は「『女性は事務職』と言われる時代に、性別で職種を決められない会社に入れたことは幸運」「だから倒れるまで働く方がマシ」と思っていたそうです。
「女らしく生きるか」「男らしく生きるか」の二者択一しかなかった二十数年前、「男性向け」の道を歩んで歩いてきた
治部さんは、自身の初期キャリアをこう表現しています。『半沢直樹』と『私の家政夫ナギサさん』にあるのは、こうした二者択一の構図です。二つの作品のヒーロー像を比べると、半沢は家のことは全て妻に任せ自分は仕事に全力を注ぎ、ナギサさんは長時間労働を受け入れるより会社を辞めることを選んだことから正反対のようにも見えます。しかし、“どちらも「all or nothing(すべてかゼロか)」という価値観”が根底にあります。
「半沢」と「ナギサさん」を見ると、2020年時点で日本の企業社会が抱えている課題に気づくのではないでしょうか。それは、企業の一社員でさえ仕事と私生活の両立が難しいという、先進国としてはお粗末な働き方の問題です。
文/藤沢緑彩
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