「毛」は生命の維持どころか環境問題につながっていた! 驚異のミクロの世界に注目せよ!
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2021/12/17

 

『毛 生命と進化の立役者』 稲葉一男/著

 

「私たちは、実に多くの生き物や自然、それらが作り出す環境に依存して生きています。そして、その生き物や自然はミクロの世界で支えられているのです。本書で伝える細胞の毛は、そんなミクロの世界が地球環境を育んでいることを知るきっかけを与えてくれます。」

 

頭や腕じゃあるまいし、細胞に毛なんて生えているのか。細胞の毛、なんて言葉を聞いたら誰もがそう思うだろう。その正体は冒頭できちんと説明してもらえる。ご存知の通り、私たちの体にはいろいろな毛が生えている。そのほとんどは目で見ることが可能だ。一方、細胞の毛とは「鞭毛」とか「繊毛」と呼ばれるもので、細胞から生えている目に見ることのできない小さな毛状の構造のこと。精子やゾウリムシが動き回るのに必要な代物らしい。

 

細胞の毛のなかでもよく知られているのが気管にある細胞の毛で、細菌やウイルスが体内に入るのを防ぐために働いている。見えない細胞の毛は私たちの体のあらゆる臓器にあり、生命の営みを大いに手助けしてくれているのである。

 

細胞の毛にはまだまだ謎が多い。数ある細胞の中で体から離れて働くことを運命づけられた細胞、精子のことを著者は「孤独な戦士」と呼ぶ。孤独な戦士の持つ唯一の武器が「鞭毛」だ。細胞膜の変形したものであるこの細胞の毛は、まるでエンジンや舵のような役割を果たしながら目的地を目指して進んでゆく。しかも細胞の毛のなかには毛を動かすエンジンとなるたんぱく質の分子モーターが並んで入っている。その大きさは10から20ナノメートルというから、あまりの小ささに眩暈がするほどだ。この分子がATPという物質を分解することで得られるエネルギーで鞭毛や繊毛のなかで力を発生させる。

 

ナノスケールの世界の精密なメカニズムに驚かされてばかりだが、この構造がなければ私たちは生命活動を保つことができない。興味深いのは、細胞の毛が生物の進化とも関係しているということ。著者はここで、カレイを例に挙げる。非対称な体を持つ特異なカレイの形を細胞の毛によって説明することができるかもしれないというのだ。カレイの精子は酸性海水でも運動することができるが、ある条件を満たすとその運動に変化が表れるという。

 

「このように、『細胞の毛』の観点を持って生物を見ると、その生き物の特徴や進化のことがよく見えてくることがあります。また、生き物が見せる細やかな動きや非対称性、臓器や器官などの絶妙な配置や機能などは、細胞の毛によって生み出されることも多々あります。」

 

小さな世界で繰り広げられる細胞の毛の働きは、さらに環境問題とも繋がっている。細胞の毛は環境に応答しながら海の生き物たちの多様性を生み出しているとの話なのだが、本書を読めば一人の人間の体から魚、そして海へとミクロの世界とマクロの世界が一つの線で繋がっていることが分かるはずだ。

 


毛 ~生命と進化の立役者
稲葉一男/著

馬場紀衣(ばばいおり)

馬場紀衣(ばばいおり)

文筆家。ライター。東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。
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