『入れ子細工の夜』著者新刊エッセイ 阿津川辰海
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ryomiyagi

2022/06/02

私が憧れた世界のこと

 

高校生の頃から演劇に憧れがありました。演じることではなく、作ることに。

 

高校の文化祭では、各クラスが必ず演劇をやって対抗するのが習わしでした。もちろん部活の出し物や店もあるので、かなり忙しい中でしたが、「阿津川は小説を書いてるんだから、脚本も上手いのをやってくれるだろう」と演劇部の女子から丸投げされ、頭を抱えながら脚本を書いて監督もすることに。当時は文芸部の編集長もやっていたので、特集号を編集して自分でも小説と脚本の二本を書き、監督も勉強もして……今より忙しかったかもしれません。それは言い過ぎか。とはいえ、クラス全員で演技や表現のことを考えて一つのものを作った経験は、やけに心に残っているのです。

 

結果的に私は小説家の道を選んだわけですが、あの時の経験から違う道を選んでいたかもしれない……。そんな思いもあってか、アガサ・クリスティーの戯曲や、演劇「マトリョーシカ」などを見ると、憧れの念が高まってしまうのです。

 

そんな憧れを形にしてみたのが、表題作の短編「入れ子細工の夜」です。光文社のノンシリーズ短編集では恒例としているエピグラフも、クリスティー『ねずみとり』から取りました。他にも私の一番好きなミステリー映画『探偵〈スルース〉』にオマージュを捧げているのですが、詳細は本編の「あとがき」に譲ることとします。

 

最初の短編集『透明人間は密室に潜む』では、「あとがき」にも示した通り、「好き」なSF、法廷、犯人当て、船上ミステリーを形にしました。本作『入れ子細工の夜』では一歩進めて、「憧れ」を形にしてみたと言えるかもしれません。ハードボイルド小説への憧れ。清水義範的なパロディー小説への憧れ。演劇への憧れ。プロレスへの憧れ……。

 

もちろん、全四編、いずれも偽りなく謎解きミステリーに仕上げています。お楽しみいただけたら嬉しいです。

 


『入れ子細工の夜』
阿津川辰海/著

 

【あらすじ】
古書の街に現れた探偵の秘密、禁断の「犯人当て入試」狂騒曲、虚実が裏返り続ける入れ子細工の2人劇、コロナ禍に覆面レスラー集合で本人確認不能?……「本格ミステリ・ベスト10」第1位に輝いた『透明人間は密室に潜む』の衝撃がふたたび蘇る、珠玉の四編。

 

あつかわ・たつみ
1994年、東京都生まれ。東京大学卒。2017年、新人発掘プロジェクト「カッパ・ツー」から『名探偵は嘘をつかない』でデビュー。著書に『星詠師の記憶』『蒼海館の殺人』など。

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