2019/06/03
小説宝石
『鬼憑き十兵衛』新潮社
大塚已愛/著
物語の始まりは寛永一二年十月。三代将軍徳川家光の時代で、江戸幕府の政治的機構が整ったころだ。熊本の、昼間でも碌に人の通わぬ山中に一人の少年を追う屈強な男たちの姿があった。だが彼らはその少年によって殲滅(せんめつ)させられる。激しい戦いの末、少年自身も重い傷を負うが救う者がいた。それは何か。
冒頭20ページでいきなり物語に引きずり込まれる。「日本ファンタジーノベル大賞2018」受賞作である。
少年は、暗殺された熊本藩の剣術指南役だった松山主水の遺児、十兵衛。二階堂平法の達人だった父より秘伝である「心の一方」を伝授されていた。壮絶な報復劇を予感する。
死にかけた十兵衛を救った者、それは「鬼」。十兵衛はあることから大悲という名の絶世の美僧の風体をした鬼と旅を共にする羽目になる。大悲は喰った人間の記憶を知ることができるという能力があり、行く先々で十兵衛を助ける。
このコンビがいい。悲劇を負う十兵衛と、のらりくらりとした鬼の旅。だがそれも次第に壮大な陰謀譚に搦(から)めとられていく。お家騒動、天下の転覆、怪しげな黒幕と、山田風太郎を彷彿とさせる伝奇ファンタジーなのだ。読者は固唾を呑んで先を急ぐ。
そんな時に現れる不思議な言葉を話す金髪の美少女、紅絹(もみ)に十兵衛は心惹かれていく。なんと甘酸っぱい恋物語なのだろう。壮大なスケールの背景を壊さずにユーモアを取り入れ、そのうえ可愛い恋バナまで、エンターテインメント色が満艦飾である。
著者は同時に『ネガレアリテの悪魔贋者たちの輪舞曲(ロンド)』(角川文庫)で第四回角川文庫キャラクター小説大賞を受賞した。楽しみな新人の登場である。
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『吃音の世界』光文社
菊池良和/著
「吃音ドクター」が綴る生きるヒント
人前で話すのが苦手だ、という人は多い。だがその中の少なくない割合に吃音に悩む人がいる。日常的に上手くしゃべることができない吃音症の人は100人に1人の割合で存在し、日本には約120万人いると言われている。
吃音にも種類があり、最初の語を繰り返す「連発」、最初の言葉を引き伸ばす「伸発」、喋りだせない「難発」がある。吃音症であること自体、悪いことで恥ずかしいと思っていた著者は医師免許を取得し、今では「吃音ドクター」として外来診察も行っている。「医師は、吃音に対して何もできない」と言われていた過去の怪しげな治療法から、現在研究が進められている投薬治療などの可能性を語る。
『鬼憑き十兵衛』新潮社
大塚已愛/著