2019/06/10
青柳 将人 文教堂 教室事業部 ブックトレーニンググループ
『グスタフ・クリムトの世界 女たちの黄金迷宮』パイ・インターナショナル
解説・監修/海野弘
昨年で没後100年を迎えた、ウィーンを代表する画家・グスタフ・クリムト(以下クリムト)。日本では今年の4月から始まった東京美術館でのクリムト展が、来場者数20万人を越え、平日でも入場規制される程の大盛況。東京の後は豊田市美術館での展覧会が予定されていて、6月から公開された美術ドキュメンタリー映画『クリムト エゴン・シーレとウィーン黄金時代』の影響もあって、こちらにも多くの人々が足を運ぶことになるだろう。
今年の展覧会では、裸体の女性が鑑賞者に突きつけるようにして鏡を向けた、『ヌーダ・ヴェリタス(裸の真実)』。旧約聖書に登場する、ユダヤ人を救ったミューズ・ユディトに金を纏わせ絢爛に描いた『ユディトⅠ』。これら代表作の他にも、人間の生から死までの円環をテーマに描かれた、初展示作品の「女の三世代」等といった代表的なクリムト作品が展示され、国内規模としてはかつてない程の大規模な展覧会になっている。
そしてベートーヴェンの交響曲第9番をテーマにして描かれた、全長34メートルに渡る壁画・『ベートーヴェン・フリーズ』を複製して再現された空間では、仄かに聞こえてくる第四楽章『歓喜の歌』が胸を昂揚させて、多くの観覧者が感嘆の声を漏らしていた。
本書は昨年の夏に、文学だけではなく音楽や映画、美術にも造詣の深い評論家の海野弘が、仔細に解説と監修を行っているシリーズ『読むビジュアルブック』の最新作として発売された。
今年のクリムト展では残念ながら展示されなかった、豪華な黄金の兜を被った、『パラス・アテネ』。輝く黄金を背景に抱き合う男女が描かれた『接吻』。『ベートーヴェン・フリーズ』と並んで有名な巨大壁画作品・『ストックレー・フリーズ』が読者に隣で語りかけてくれているような、自然な文体で解説されている。
他にも、クリムトの弟・エルンストが死の直前まで描いていた未完の作品を、兄弟の共作という形で完成させた、『ローテンブルクでの芸人の即興演劇』や、冒頭でも触れた美術ドキュメンタリー映画にも登場する、クリムトととても親交が深い「エゴン・シーレ」の作品等が詳しい解説と共に掲載されている。クリムト作品の掲載数だけでも約230点あるにも関わらず、他の掲載作品も含めると、400点以上という膨大な点数にのぼる。これだけヴォリュームのある画集は他に類を見ないだろう。
本書の魅力はこれだけではない。これまでは画集という側面からの紹介をしてきたが、本書は一般的な画集以上に考察的な側面でも優れている。
クリムトが作品に於いて背景や衣服等で多用する文様や装飾、モチーフとして描かれている動物やギリシャ神話に登場する人物等について、様々な角度から掘り下げて図像解釈を行ってくれている。クリムトといえば東洋美術に多大な影響を受けていることで有名で、特に日本の浮世絵とは密接な関係があると言えるだろう。例えば本書では葛飾北斎の渦巻や水流が複雑に密集して描かれた浮世絵との類似点を指摘して、詳細に解説してくれている。
上記でも紹介した壁画やギリシャ神話をモチーフにした絵画等はここで語るまでもないが、クリムト作品には、単なる絵画としてだけはなく、物語を想像する楽しみ方がある。ただ人物を描いた作品でも、何故被写体は青白い顔をしていて黒い布を纏っているのか。静物画ではなぜ梨の木の枝葉を平面的に、そして圧倒的なまでの質量で描いているのか等、その全ての描写、そして色使いに物語性を感じ取ることができる。
これはクリムト作品でしか味わうことの出来ない特権なのだろうか。いや、そんなことは決してないはずだ。それは『読むビジュアルブック』シリーズの全ての画家の作品でも同じことが言えるだろう。画集として作品を鑑賞し、考察として膨大な情報量の図像解釈を熟読することで、読者が多角的に美術作品を鑑賞するための楽しみ方を教授してくれるのだ。
350ページ越えの圧倒的な大容量で楽しませてくれる本シリーズが、これからも長く旅先案内人として、私達を絵画の世界へと誘い続けてくれることを願う。
『グスタフ・クリムトの世界 女たちの黄金迷宮』パイ・インターナショナル
解説・監修/海野弘