2019/06/07
小説宝石
『偽りの春神倉駅前交番狩野雷太の推理』KADOKAWA
降田天/著
降田天(ふるたてん)はプロット担当の萩野瑛(はぎのえい)と執筆担当の鮎川颯(あゆかわそう)からなる女性コンビ作家だ。別名義でライトノベルを多数発表していたが、この名義で応募した「女王はかえらない」で「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、ミステリ界で新たなスタートを切った。本書は第71回日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞した「偽りの春」を含む連作短編集だ。
探偵役であると同時に、五編の連作を貫く縦糸の役割を担っているのが、神倉駅前交番に勤務する警察官・狩野雷太である。また各編とも、“犯人側”から描く倒叙形式を用いているのが特徴だ。
幼いころに植えつけられた欲望に抗えなくなった大学生が少女を蔵に監禁する「鎖された赤」。老老詐欺の首謀者の女が恐喝を受ける表題作。狩野と接点を持たざるを得なくなった時、彼らは地域課の制服警察官で、軽薄に見える狩野を侮(あなど)るが、世間話もまぶした何気ない質問に核心をつかれ、徐々に追いつめられていく。彼は「落としの狩野」と異名を取った神奈川県警捜査一課の元刑事だったのだ。
「見知らぬ親友」は彼が刑事だったころの物語だ。“親友”との関係に悩み、追いつめられていく女性の心情が息苦しくなるまでの筆致で描かれる。これも倒叙というスタイルの利点である。彼女の感情の爆発が一因となった悲劇の後に、別の事件の顛末(てんまつ)が語られる。一見唐突に見えるこの事件が、最後の作品である「サロメの遺言」へとつながり、狩野が地域課に移動した経緯が明かされるのだ。意外な盗品という趣向が面白い「名前のない薔薇」もあわせ、罪を犯す者たちの心情を描きつつ、読み手の予想を上回るどんでん返しにも抜かりがない。連作にまとめあげた手腕も見事で、充実した一冊となった。
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『偽りの春神倉駅前交番狩野雷太の推理』KADOKAWA
降田天/著