2019/07/02
小説宝石
『同潤会代官山アパートメント』新潮社
三上延/著
自分の住んできた家々や祖父母の家は、確かにそこには時代が表れていたなと懐かしく思い出した。三上延の新刊『同潤会代官山アパートメント』は、そんなふうに自分の歴史を振り返る気にさせる一冊だ。
東京は渋谷、代官山駅のほど近く。現在、商業施設と住居で構成される代官山アドレスがある場所には、かつて同潤会の代官山アパートメントがあった。本作は、そこに住んでいた家族の物語だ。
両親をはやくに亡くし、茅ヶ崎で姉妹二人で暮らす八重と愛子。しかし愛子は結婚が決まった矢先、関東大震災で命を落としてしまう。悲しみのなかで愛子の婚約者だった竹井と八重は静かに心を通わせ、やがて結婚。彼らが新生活をスタートさせたのが、当時できたばかりの代官山アパートメントだ。時は昭和2年。モダンな建物になじめない八重は、ふとしたことから竹井がまだ愛子を忘れられないのかと疑いを持つ。しかし意外なところから、八重は竹井の、そして今は亡き愛子の思いを知ることに。
ほぼ10年おきに、竹井と八重夫婦、その娘の恵子、さらにその息子の浩太と進のエピソードが語られていく。日中戦争があり、太平洋戦争があり、新宿動乱があり……。歴史的事件を背景にし、市井(しせい)の人々の生活を掘り下げながら、家族たちがどのようにこのアパートで人生を育んでいったのかが丁寧に描かれる。同じ棟の違う部屋を借りて子ども部屋にするなど、当時のアパートの使い方も面白い。どのエピソードも、切なくも温かく、この著者ならではの品の良さを堪能させてくれる。
1996年、アパートはついに解体されてしまう。しかしそこには確かに家族の居場所があった。そしてアパートは、今は家族の心の中にある。
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三上延/著