2019/10/21
中山夢歩 俳優
『銃』河出書房新社
中村文則/著
雨が降る夜、河川敷の高架下で死体を発見してしまった青年。死体の傍らには異常なまでに存在感を放つ銃が落ちていた。青年は、その銃が自分に欠けている全てを兼ね備えているように思え拾い上げる。ここから銃の美しさに魅力されてしまった青年と『銃』との生活が始まる。
僕自身銃を所持した事などもちろんない。しかし、16歳から3年間サッカー留学をしていた南米アルゼンチンで、僕は銃を背中に突きつけられた事がある。それは所属チームのグランドがある最寄駅のホームだった。駅の周辺は軍用地で、その日も駅のホームには軍服を着たアルゼンチン人が警備をしていた。アルゼンチンに来てまだ間も無い僕は、不安や緊張から自分では気づかず鋭い目つきをしていたのだと思う。
「壁に手をついて身分証を見せろ」
軍人と目が合うと、ライフルの銃口をいきなり僕の背中に押し付けられた。突然の事に怯えながら、僕はパスポートのコピーを見せると銃口は簡単に地面へ向いた。僕の緊張と軍人の不安の間に恐怖が生まれ、二人の関係を悪しく銃が繋いだ。
背中につけられた銃口が冷たかったのか、輪郭が丸かったのかは覚えてない。ただこの出来事で僕はアルゼンチン人が自分達の居場所を守る強さを怯えるほどに感じた。
銃を拾い持ち帰った青年は、精神的に欠落している。欠落していない人間など世の中にほとんどいない。皆何かでそれを紛らわして生きている。銃は青年を魅了し、青年を平凡な日常から切り離していく。そして徐々に銃の存在に支配され、打ちたいという欲望にまで駆られていく。
そして、最後にその銃は沈黙を破る……。
本を読み終えると身体の一部をその弾丸が通り抜けた気がした。その隙間を自分の言葉で埋めるために僕は近所を歩いてみた。しばらく歩き、すれ違う人々の波に流されている事に気づくと、この先さして変哲もない時間を一人過ごす事に淋しさを感じた。
その時、青年が銃を拾った理由が少し分かった気がする。日々変わらぬ自分と日常に嫌気がさしていた青年は、自分の持っていない圧倒的な強さや、異様な美しさを兼ね備えた銃と出会う。
この本は「愛」を「銃」というものに具現化した、銃と青年の禁断のラブストーリー。それに気づくと僕は僕の中に存在する愛すべき人……銃を思い描き、だいたい想像できる日々を受け入れ一人家路についた。
―――今月のオニギリドリーム―――
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『銃』河出書房新社
中村文則/著