2022/08/23
長江貴士 元書店員
「ハイパーハードボイルドグルメリポート」朝日新聞出版
上出遼平/著
たまたまテレビをつけていたら、本書と同名の番組が流れていた。画面の端に表示された番組タイトル中の「グルメ」という単語と、映像のミスマッチ感が凄かった。そこは、ケニアのゴミ山だったからだ。そう、本書の最後で紹介されている回を、僕はたまたま見ていた。
とんでもない番組だと思った。よく放送出来たものだ。さすがテレビ東京。東北にも沖縄にも電波が届かないが、この番組だけはあらゆる言語に翻訳され、世界中で観られているという。そりゃあそうだろう。こんなぶっ飛んだ番組、本書の著者以外に誰が撮れるというのか。
ケニアのゴミ山には、一日850トンのゴミが運ばれてくる。その周囲には、世界最大級のスラム街が形成されている。ゴミの山から”お宝”を拾い集めて売り、生計を立てる人たちが住んでいるのだ。しかし著者の目的は彼らではない。著者は、「ゴミ山に住んでいる人」を探す。探してどうするのか?
彼らの「飯」を食べさせてもらうのだ。
そのゴミ山は、現地ガイドすら近づかないようにしていた激ヤバ危険地帯で、様々な国への取材経験がある著者でさえも体感したことのない凶猛な悪臭が漂っている。そんな中、ゴミを資材に、アスベストを屋根にした”家”に住む少年が、ゴミ山から拾った空き缶で煮炊きする「飯」を、平然と食べる著者。映像からビンビン伝わってくる「ヤバさ」に惹きつけられ、その番組から目が離せなくなった。
本書では他にも、様々な場所に赴いた経験を綴る。リベリアでは「人食い少年兵」を探すために、警察から「絶対にここを歩くな」と警告された場所へと足を踏み入れる。台湾では、知らぬ者のいないマフィアたちの会食の場で、「人を殺したことがあるんですか?」なんて質問を繰り出す。ロシアでは、シベリアの山奥にある、新興宗教の信者2000人が住む「カルト村」に潜入し、「桃源郷」とさえ感じられる幸福感溢れる村の裏側を覗こうとする。
本書の帯に、King Gnuの井口理氏がこう書いている。【グルメリポートと銘打ちながら「生きるってなんだろう」「人間ってなんだろう」と問いかけてくる番組が今まであったでしょうか。】まさに本書は、「人間」を描き出す。「食べる」という、生きていくために必要不可欠な行為を切り取ることで、生きている人間の逞しさ、弱さ、都合の良さ、ズルさなどをあぶり出していく。
著者は、取材を受けてくれた人たちに、「ここでの生活は幸せ?」という質問を繰り出す。それは、ある意味で残酷な質問だ。何故なら、人間としての尊厳が”明らかに”踏みにじられた生活を強いられている人にも向けられるからだ。
しかしそんな中で、ゴミ山に住む少年は、著者にこう返事をする。「あなたに会えたから幸せだよ――」。なんと凄まじい答えだろうか、と思う。僕が、彼と同じ境遇にいるとして、同じことが言える自信はまったくない。
本書も、元になった番組も、受け手からすれば「ほんの一瞬の覗き見」に過ぎない。しかし、その一瞬でさえ、頭をガツンと殴られたような衝撃をもたらす。とにかく、「凄い」としか言えない一冊だ。
「ハイパーハードボイルドグルメリポート」朝日新聞出版
上出遼平/著