店員とのコミュニケーション【第14回】
辛酸なめ子『新・人間関係のルール』

ネット通販派? 実店舗派?

 

ついふらふらとアパレルショップに吸い寄せられてしまうのは、物欲だけではなく人との会話を求めているのかもしれません。

 

最近、ネット通販で買い物する人が増えていますが、私は実店舗派です。

 

店員さんとの攻防というかやりとりが、ひとときの刺激と充実感を与えてくれて、孤独も和らぎます。

 

ただ、最近は無視というか放置されることが多くて淋しいです。服を持ってチラッチラッと店員さんの方を見ているのにスルーされるとか、こちらは買う気が70%くらいあるのに「この靴だとサイズが合わないです」と言っても在庫を探す素振りもない店員さんとか。

 

昔、プランタンの試着室で試着している間に、「あのお客さん感じ悪い」とか店員さんに悪口を言われたことがありましたが、無関心な態度よりはインパクトがあり、忘れ得ぬ思い出となりました。また、単純にセールストークがうまいと、ずっと聞いていたいというか、品物への愛が伝わってきて感動すら覚えることもあります。

 

輸入車のセールスコンテストを見学する

 

ファッション系ではないですが、ちょっと前に輸入車のセールストークコンテストを見学する機会がありました。敏腕のセールスマンは清潔感を与える髪型とスーツ姿で、生の「もみ手」を見ることができて感慨深かったです。

 

お客さんに「道路混んでなかったですか」とねぎらいの言葉をかけたり、荷物が大きい女性客に対しては荷物を預かったり、コーヒーを出したり、ホスピタリティがすばらしかったです。

 

「◯◯様、お待ちしておりました」
「左様でございますか」

 

と、言葉遣いも慇懃でした。

 

やはり何百万円もする買い物なので、商談をまとめたいという強い思いが感じられます。コンテストの後に反省会で泣いている女性社員もいました。この位本気で、ガチでぶつかって来られたら買ってしまいそうです。

 

表参道のセレクトショップで受けた怒涛のセールストーク

 

先日、ふらっと入った表参道のセレクトショップで、とくに必要としていないアクセサリーを店員さんの熱意で買わずにはいられなかった、というできごとがありました。

 

まず、お店に入ってすぐに「バッグの色合わせ、おしゃれですね」とホメから入られて気分が上昇。そして店内を見ると、ビーズと天然石を組み合わせた1万7000円のネックレスが目に止まりました。

 

ふだんの自分だったら、ちょっと高いなと思って見送るところですが、20代位の水卜アナにちょっと似た女性店員さんの怒濤のセールストークに心をつかまれてしまいました。

 

まず、デザインの素晴らしさについて説明してくださり、「一本しか残っていません」という殺し文句を言われてもまだ私が迷っていたら「こちらは磁石ではめられるので、通常のアクセサリーより付けやすいですよ、歩きながら付けられます。玄関先に置いてパッと取っていくイメージ」と装着の簡単さを具体的にアピール。

 

「首に何重にも巻いてチョーカーっぽく付けられます。私の太い首では二連三連くらいですが……」と自分を落として親近感を作り出し、「汗に強い素材です。真鍮のアクセサリーだと変色したり手入れが必要ですが、こちらは面倒なことはありません」「5年前に買ったお客さんがひとり紐が切れたとおっしゃったくらいでかなり丈夫です。しかもショップで修理を受け付けています」と、あらゆる懸念の可能性を払拭。

 

「このネックレスと合わない服はありません。ユニクロのシャツもユニクロに見えないとお客さんはおっしゃいます。格上げしてくれるアクセサリーです。服の中に入れ込んでちらっと見えるだけでも素敵です」。

 

ここまで言われると買った方が良い気になってきました。
トドメに「肌のトーンを上げる、ラメ入りのファンデーションのような効果があります」というセールストークがダメ押しに。この先は「血行が良くなります」と健康の効果まで出てきそうな勢いでした。

 

どんな服にも合って格上げしてくれて丈夫で歩きながら付けられる……ファンデ代も浮くかもしれない美肌効果が。

 

「じゃあこちらをお願いします」

 

と、陥落。

 

気持ちの良い負け方というか、よどみない、あとから次々出てくる話芸にもお金を払ったような感じです。そして買ったネックレスは、言った通りで肌の色が明るくなって格上げされる気が。半分洗脳されたのかもしれませんが……。

 

セールストークで半分催眠や洗脳にかかったような自分が自分でなくなる感覚もそんなに嫌いではありません。自我やエゴが少し軽くなる感じもします。

 

でも、世の中はこんなに気持ちが良いセールストークばかりではなく、これはマイナスなのでは……と思うパターンもあります。

 

テンションが下がった健康系イベントでのセールストーク

 

先日、健康系のイベントで、浄化力が強いというシャワーヘッドをセールスされる機会がありました。肌に当たった感触がすごい気持ち良いシャワーヘッドだそうで、ちょっと買いたくなっていたのですが、その店員のおじさんが「体にベルトの部分の黒ずみがあるのですが、このシャワーで取れてきました」というセールストークにテンションがダウン。おじさんの黒ずみを想像してしまい……。

 

さらに「この会場では現金の持ち合わせがなくてクレジットカードで買われるお客さんも結構いらっしゃいますよ」とそっとささやかれて、まるで現金の持ち合わせがない前提で扱われているのに引っかかりました。

 

「すみませんちょっと考えさせてください」と断ったら、おじさんの表情が一気に暗くなって目も合わせてくれなくなりました。

 

セールストークを長々と受けた後で断るとこれが気まずいのです。

 

相手を失望させたくないと思って不必要なものを買ってしまったことも何度もあります。おじさんの場合はぞんざいになってしまいましたが、とくにおしゃれな女性店員さんだと、嫌われたくないという思いが出てしまうのは、中高時代おしゃれな子と仲良くなりたくて、でもなかなか近付けなかったという黒歴史の影響かもしれません。

 

増税前のお買い物

 

物欲の波に揉まれながら、ついに迎えた消費税増税。

 

増税前はふだんより服や靴を買いまくるモードに入ってしまいました。

 

店員さんもセールスに気合いが入っていると思いきや、渋谷のデパートは思ったより空いていて店員さんも淡々としていました。

 

ヒカリエのセレクトショップで靴を見ていたら「在庫あるか……見てみましょうか」とだいぶ面倒くさそうに言われて買う気がクールダウン。

 

渋谷西武のショップでは、自分から「この靴はどんな服にも合いますよね」と店員に逆セールスをして自分から購入。

 

ルミネ新宿のショップでは、目に入ったスカートを即買いし、「増税前なんで」と店員さんに言ったら「そうでしたか」と流されてしまいました……。

 

店員さんに対しては空回りしがちです。

 

9月の増税前に購入した服や靴の合計は約8万7000円。西武のライオンズ優勝記念10%割引も入っていますが、増税後に買うのと比べて約6200円得しました。ただ、購買欲の勢いが止まらず、増税した日もストールやコスメを購入。この浪費の罪悪感を軽減させてくれるのは店員さんのトークにかかっています……。
 

今月の教訓
商品に付加価値を与えるのは店員さんのセールストーク

 

新・人間関係のルール

辛酸なめ子(しんさんなめこ)

1974年東京都生まれ。埼玉県育ち。漫画家、コラムニスト。女子学院中学校・高等学校を経て、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。恋愛からアイドル・スピリチュアルまで幅広く執筆。著書に『女子校育ち』(ちくまプリマー新書)、『大人のコミュニケーション術』(光文社新書)、『辛酸なめ子と寺井広樹の「あの世の歩き方」』(マキノ出版)など多数。
関連記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitterで「本がすき」を