akane
2018/12/01
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安斎育郎『だます心 だまされる心』(岩波新書)2005年
連載第6回で紹介した『だましの手口』に続けて読んでいただきたいのが、『だます心 だまされる心』である。本書をご覧になれば、「だますサイド」がどのような意図で迫ってくるのか、「だまされるサイド」はどのように対処すればよいのか、自ずから明らかになるだろう。
著者の安斎育郎氏は、1940年生まれ、東京大学工学部卒業後、同大学大学院博士課程修了。現在は立命館大学名誉教授。専門は放射線防護学。現時点における人類の科学技術では原子力エネルギーを万全に管理できないという立場から、核兵器・原子力開発を批判している。幅広いオカルト・疑似科学批判でも知られ、『福島原発事故』(かもがわ出版)や『人はなぜ騙されるのか』(朝日新聞社)など著書・論文も多数ある。
Japan Skeptics(超自然現象を批判的・科学的に研究する会)の前会長であり、プロ級のマジシャンでもある。安斎氏は、いとも簡単にスプーンを曲げ、紙を空中に浮かび上がらせ、存在しないはずの物質を空中から取り出してみせる。もちろん、これらは「超能力」ではなく「手品」だとわかっているのだが、安斎氏の実演を目前で何度か見たことがある私にも、どうやっているのか、いまだにその「種」を見破ることができないものがある。
安斎氏は、「手品」を「『だまし』をエンターテイメントとして楽しむ技芸」と定義し、「常識の虚をつく錯覚美化の技芸」とも呼んでいる。つまりこの「常識の虚をつく錯覚」にこそ、「だますサイド」の狙いがあるのだ。
読者は、ある小売店舗の店長だとしよう。夕方に店仕舞いした後、在庫品を整理して不足品を発注し、売り上げを計算し終わると、夜遅くなっている。売上金を分厚い封筒に入れて、銀行の夜間金庫に行くと「金庫故障中につき、預金は警備員にお預けください」と貼り紙があり、横に警備員の服装をした男がジュラルミンの箱を持って立っている。一日の仕事を終えて疲れ果てている読者は、ついそのまま売上金を箱に入れてしまうのではないだろうか?
これはスティーブン・スピルバーグ監督の映画『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』のモデルになったフランク・アバグネイルが実際に行った詐欺で、彼は警備員の服装をして立っていただけで、1時間に3万5千ドルもの現金と小切手が箱に投げ込まれたと述べている。
別の例を挙げよう。主人が仕事に出掛けている昼間、家に宅配便が届いたとする。「ご主人宛にお届け物です。代金引換で1万円になります」と宅配業者の服装をした男が言う。対応した妻は「中身は何ですか?」と尋ねる。男は「それは書いてありませんね。私は1万円を集金して品物をお渡しするだけですから」と答えると、妻は「主人が頼んだ物なら仕方ないわね」と言って支払う。主人が帰ってきて箱を開けてみると、重い石ころが入っている、という結末である。
これらの詐欺が、警備員や宅配業者を「服装」で判断してしまうという人間の「思い込み」を悪用していることがおわかりいただけるだろう。この種の「思い込み」あるいは「常識」こそが、詐欺師が導く「錯誤」への入口なのである。
警察官の「服装」をした男が白バイで追いかけてきて、「その車には爆弾が仕掛けられています。急いで車から離れてください」と言ったら、今でも大多数の人々は、車から飛び出て走って逃げていくだろう。この方法で1968年に現金輸送車を強奪した犯人は、約3億円の窃盗に成功した。この日本の犯罪史上に残る大事件は、未解決のまま時効が成立している。
ここで、本書に登場する「思い込み度テスト」を読者にも考えていただこう。「次の四字熟語を完成させなさい。(1)□肉□食、(2)品□方□、(3)一□□中」というテストである。
常識的な正解は「(1)弱肉強食、(2)品行方正、(3)一発必中」だが、「(1)焼肉定食、(2)品川方面、(3)一家心中」でも間違いではない。思い込みを排除するためには、柔軟性が必要なのである!
科学研究者としての職業生活を営みながら非合理主義批判に取り組み、脱カルトの問題も含めていろいろな悩みごとの相談にも関わってきた一人の人間としては、どのような価値観をもつにせよ、(1)権威にひざまずいて判断の主体性を放棄するような生き方は危険だということ、(2)「客観的命題」に対しては「好き嫌い」で判断するのではなく、徹底的に合理的思考を貫く努力が大切であること、そして、(3)そのためには「健全な懐疑論者」であることが非常に重要であること――これらを強く感じています。(P.159)
「だますサイド」と「だまされるサイド」の意図と対策を理解するために『だます心 だまされる心』は必読である!
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