ブラックホールの名付け親ーー宇宙はなぜブラックホールを造ったのか(1)
ピックアップ

 

ブラックホールの名付け親

 

ブラックホールという概念は、いつごろ生み出されたのでしょうか。ブラックホールという言葉は、アメリカの物理学者ジョン・ホイーラー(1911-2008)が1967年に使い始めたといわれています。ところが、じつは違うのです。

 

まず、ブラックホール(black hole)という言葉が最初に世に出たのは1964年のことで、アメリカの雑誌「サイエンス・ニュースレター」1月18日号でした。この記事を書いたのはアン・ユーイングという人なので、この人こそがブラックホールの名付け親ということになります。なんと、ジョン・ホイーラーではなかったのです。

 

そして、もっと驚くべき情報もあります。それは、ホイーラーが1967年に行った講演会での出来事でした。なんと、聴衆の一人がブラックホールという言葉を使ったというのです。ホイーラーはその言葉を気に入り、世に広めていった――。これが真相です。実際、ホイーラー自身も自分がブラックホールという名前を考案したとは一切言っていないといいます。

 

世の中に流布している通説には注意が必要です。

 

いずれにしても、ブラックホールという名称が世に出た経緯はかなり複雑だといえます。

 

“黒い星”がある可能性

 

では、ブラックホールの概念はいつごろ生まれたのでしょうか。

 

これについては、イギリスの物理学者ジョン・ミッチェル(1724-1793)であるといわれています。彼は物理学者というより、科学者といったほうが当たっています。

 

まず、取得した博士号は、なんと〝神学博士〟でした。父親が聖職者だったことが影響しているのでしょう。その後、ケンブリッジ大学で地質学の教授になった経歴の持ち主で、非常に多才な学者だったようです。

 

本業の地質学、地震の研究では、地震とは地層の折り曲げに伴う弾性波が伝わることだとすでに見抜いていました。現代的な意味での地震学に、ただ一人肉薄していたのです。また、物理学での業績も凄い。彼は、万有引力の強さ(万有引力定数)を測定する装置を考案した人だからです。

 

万有引力定数がわかれば、地球の質量を求めることができます。“ねじりばかり”と呼ばれる装置です。彼自身は測定をすることなく他界しましたが、彼の装置はその後、ヘンリー・キャベンディッシュらに受け継がれ、見事に測定に成功した経緯があります。

 

そんな彼がブラックホールについて考えた動機は光の性質です。当時、「光は波ではなく粒子である」というアイデアが流行していました。そこで、彼はこの説明を採用してみたのです。

 

光が粒子であれば、星の重力に引き寄せられるだろう。そう、考えたのです。もしそうなら、光が出てこられないほど重い星があるのではないか? 光が出てこられないということは、その星の色は黒です。つまり、“黒い星”がある可能性について考えたのでした。

 

この論考は1783年、イギリス王立協会の会報に掲載されました。理論的にブラックホールについて考えた最初の論文ということになります。ただし、彼が使ったのは“dark star”(暗い星)という言葉でした。

 

ミッチェルのアイデアのキーワードは、“脱出速度”でした。

 

もし、太陽と同じ密度の星があり、太陽の500倍の大きさがあるとすると、光はこの星から出てこられなくなります。光(電磁波)が出てこないということは、その星は暗い。だから、ミッチェルはこのような星を“dark star”(暗い星)と呼んだのです。

 

ニュートン力学の限界

 

その後、フランスの科学者であるピエール=シモン・ラプラス(1749-1827)も、同じアイデアを1799年に提案しました。

 

ミッチェルもラプラスも星の密度を過大評価していたものの、光が出てこられない、思い、暗い星があることを推察していたのです。

 

驚くべきことに、ミッチェルは、“暗い星”の探査方法までも考察していました。それは“暗い星”を含む連星系を探し出し、“暗い星”のパートナーの運動を調べればよい。こういう提案です。この方法は、じつは現在でもブラックホールの探査に有効な方法として使われているのです。このことからも、ミッチェルは驚くべき慧眼の持ち主だったことがわかります。

 

こうして、古典的な力学(ニュートン力学)を用いて、ブラックホールのような天体の存在が指摘されました。しかし、宇宙にそのような天体があるかどうかはわかりませんでした。なにしろ、18世紀のことだったので仕方がありません。実際、ブラックホールの存在が観測的に示唆されたのは1960年代に入ってからでした。

 

 

以上、『宇宙はなぜブラックホールを造ったのか』(谷口義明著、光文社新書)から抜粋し、一部改変してお届けしました。

関連記事

この記事の書籍

宇宙はなぜブラックホールを造ったのか

宇宙はなぜブラックホールを造ったのか

谷口義明(たにぐちよしあき)

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitterで「本がすき」を

この記事の書籍

宇宙はなぜブラックホールを造ったのか

宇宙はなぜブラックホールを造ったのか

谷口義明(たにぐちよしあき)