akane
2019/05/31
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2019/05/31
前回のコラムでは、現代のアメリカ社会に広がる科学不信はどんな様子なのか、その一端をお伝えしました。今回のコラムでは、引き続きウィスコンシン大学のゴーチャット博士の論文を紹介しながら、アメリカで人口の約25%を占める最大の宗教勢力である「福音派」と産業界が結び付いていった背景に迫ります。
前回のコラムで、ウィスコンシン大学のゴードン・ゴーチャット博士が2012年に発表した論文を紹介しました。ゴーチャット博士は数十年に及ぶ世論調査結果を分析し、1990年代以降に保守的な政治信条を持つ人が科学への不信を募らせていった状況を明確に描き出しました。
ゴーチャット博士の論文で、科学への不信を募らせる人たちに共通する特徴は、保守的な政治信条のほかにもう一つありました。それは、教会に行く頻度でした。教会にひんぱんに行く人ほど、科学への信頼が低下していたのです。
宗教のなかでも、「福音派(ふくいんは)(エバンジェリカル)」と呼ばれるキリスト教のグループが特に科学をよく思っていません。彼らは、神が人類を創造したとする「創造論」を信じ、進化論を認めない傾向があります。聖書の記述を重視し、伝統を重んじる保守派グループといえます。米国で人口の約25%を占める、最大の宗教勢力です。
進化論への反対に加えて生殖医療の発展も、福音派の人たちが科学への不信を募らせる背景になっています。アメリカでは1973年、連邦最高裁判所が人工妊娠中絶を認める判決を下しました。1978年には、イギリスで体外受精による子どもが初めて生まれましたが、子どもの誕生に医療技術で介入することはキリスト教の考え方に背くと、福音派の人たちは反発したのです。
福音派は科学だけでなく、同性婚を認めるなどのリベラルな社会改革にも反発しています。こうした思いを社会で実現させるため、政治への関心を高めたのです。福音派が政治勢力としての存在感を示したのは、1980年の大統領選です。福音派は共和党のロナルド・レーガン氏を支持し、当選を後押ししました。共和党は人工妊娠中絶に反対する姿勢を強めるなど、福音派の思いを政策に反映させました。
宗教と政治の関係について詳しいベイラー大学(南部テキサス州)のトーマス・キッド教授は、私の電話インタビューで次のように指摘しました。
「福音派は、自分たちが共和党の支部のように見られることを好ましく思っていないようだが、二大政党のうち自分たちの思いを代弁してくれるのは共和党だという思いもある。1980年以降、福音派は共和党の支持基盤であり、彼らに受け入れられなければ、共和党の政治家として生き残れないのが現実だ」
民間の世論調査結果によると、2016年の大統領選では福音派の81%がトランプ氏に投票したとされています。
伝統を守り宗教的な価値を大事にする福音派の人たちは、意外なところに同志を見つけることになります。
同じように、「科学から攻撃されている」と感じていた産業界です。
宗教的な価値を重んじる人たちと、自由な産業活動を脅かす規制を嫌う人たちが、期せずして「反科学」という旗印で結び付いたのです。
そして、共和党の支持基盤を形づくることになったのです。
科学と社会の関係に詳しいジャーナリストのショーン・オットー氏は次のように表現します。
「福音派と産業界との政略結婚」
福音派の人たちが保守的な政治勢力になったことは、彼らの環境規制に対する考え方にはっきりと表れています。福音派の人たちは進化論に反発するのと同じくらい、環境規制を嫌っているのです。
政治に深くかかわるようになった結果、環境規制を嫌う共和党の価値観が、自らの宗教的な考えと同じくらい深く、そしてしっかりと彼らの心に根づくことになったのかもしれません。
進化論と環境規制という、一見、かかわりがなさそうな二つのことを結び付けているのは、この政略結婚にほかなりません。
アメリカで、宗教が大きな役割を果たしていることを示すデータはほかにもあります。
全米科学財団は2016年、「私たちは科学に頼りすぎていて信仰が十分ではない」との考えに同意するかどうかを聞いた国際調査の結果を発表しました。
すると米国では、50.4%とほぼ半数が同意し、ほかの先進国と比べて信仰に重きを置く傾向を確認することができました。
アメリカ国民のほぼ半数が、科学の発展よりも信仰を取り戻すべきだと考えているというのは驚きの事実ではないでしょうか。
ちなみに、「科学に頼りすぎていて信仰が十分ではない」と考える人の割合が主要国のなかで最も少なかったのはスウェーデンで19.6%、日本は29.9%でした。
アメリカは宗教大国です。
アメリカの民間調査機関「ピュー・リサーチ・センター」が2015年に発表したデータは、宗教大国アメリカを明確に示しています。
「宗教が人生で非常に重要な役割を果たしているか」という質問を世界40ヵ国の国民にして、その結果を比較しました。
アフリカやアジアの一部で宗教を重要視する回答が多く、最も高い割合だったのはエチオピアで98%でした。最も低い割合だったのは中国で3%でした。日本は中国についで低く11%でした。アメリカは53%とほぼ中間でした。
さらに、1人当たりの国内総生産(GDP)とあわせて国ごとに分析したところ、経済が豊かになるにつれ、宗教に頼らなくなっていく傾向が確認できました。
しかし、例外として際立つのがアメリカでした。
アメリカは経済的には世界トップレベルの豊かさにもかかわらず、宗教を重んじている人が多いのです。
イギリス(21%)やドイツ(21%)、フランス(14%)などの西欧諸国と比べても、アメリカの篤い信仰は際立っています。
アメリカでは、こうした信仰心が規制を嫌う産業界の利害と重なり、科学に対する不信の底流となっているように思えます。
それが、科学大国でありながら反科学が際立つという別の顔を作り、トランプ大統領を生み出す要因の一つになったのでしょう。
※本稿は、三井誠『ルポ 人は科学が苦手』(光文社新書)の内容の一部を再編集したものです。
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