【刊行記念対談】『みどり町の怪人』彩坂美月と『掃除屋 プロレス始末伝』黒木あるじが読みどころを語り尽くす〈第4回〉
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gimahiromi

2019/07/16

山形在住でデビューもほぼ同時期。
以前から交流のあるおふたりの新刊が立て続けに刊行されます。
青春ミステリーを多く書いてきた彩坂さんが、都市伝説をモチーフにしたミステリーを発表し、怪談実話作家として多くの著作を刊行している黒木さんが、本格プロレス活劇に挑むという、それぞれ、今までの作風とは一線を画した野心作となりました。
お互いの作品の感想と読みどころを存分に語ってもらいました。
平日毎日更新、全4回でお届けします!

 

(第3回はこちら

「ホラーっぽい表情をしてくださいというリクエストをして、撮影しました」

 

──それでは、黒木さんの新刊『掃除屋(クリーナー)』の話に移りましょうか。
彩坂さん、いかがでしたか?

 

彩坂 私、プロレスには全然詳しくないんですけど、楽しくて、最後まで一気に読んでしまいました。

 

黒木 ……ほんとですか? 大丈夫でした?

 

彩坂 いや、面白かったですよ。黒木さんだなあって思いました(笑)。
黒木さんの小説って、読者を楽しませようというサービス精神がてんこ盛りで、漫画喫茶に行ったら、たくさんお菓子が出てきて、マッサージもしてくれて、おまけに人生相談までしてくれちゃったぞ、っていうような感じがあるんです。
一つ一つの短編で人間ドラマをきっちり描いていて、その上でラストに向けて盛り上がりを作っているのがすごいな、と。
脇キャラが人間くさくて魅力的ですよね。
私、ヤンキーマスクさん(作中に登場する三流のマスクマン・レスラー)が好きだったりするんですけど。

 

黒木 いやもうほんと、恐縮するばかりで。
怪談だと、「いやあ、今回はこの話が」とか「いいネタが取材できました」なんて言えるんですけど、文芸作品って全く別な筋肉を使って書くんだなあと実感しました。

 

彩坂 これ、取材はされたんですか?

 

黒木 基本的にはしていません。
もともと、プロレスはものすごい好きなんですよ。祖母の影響なんですけど。
彼女は御年98でまだ存命なんですけど、ちっちゃいころによく一緒にテレビで見てたんです。
おだやかな人なんです。
満州から引き揚げてきて、弘前で早くに夫を亡くして、縫い物が趣味という人なんですけど、この祖母がですね、金曜夜8時のプロレスが放映されているときだけ、「狐憑きのようになる」と、我が家では評判で。
見ながら、「行け、猪木! その外道を殺せ!」なんて危なっかしい言葉を口にしていましたから。

 

当時のプロレスって、ミル・マスカラスしかり、アンドレ・ザ・ジャイアントしかり、常人ではないというか、異形の人たちで溢れていて。
それが現実世界で運動も出来ないし、友だちと遊ぶこともままならない僕にとっては、怪談や怪獣、妖怪と同じように魅力的に映ったんです。
子どもの頃には、メキシコのマスクマンをはじめとしたルチャドールや、あるいはシンプルな悪役に目がいきがちだったんですが、年を取ってくると、見方も変わっていくわけです。
普段はスポットライトがあたらないし、メインイベントに登場することもほとんどないんだけれど、いつもきっちり仕事をこなして、ファンの間では「実はあの人がいちばん強いんだぜ」と噂されるような人の面白さにだんだん傾倒していくようになりました。

 

で、そういうレスラーの話をいつか書きたいと思っていたんですけれど、彩坂さんと一緒で、なかなか書かせてくれる場所がなくて。
そんなおり「小説すばる」から、「読み切りの短編を書いてみませんか」という依頼があって、なんとか一作書いたところ、ありがたいことに「じゃあ、次はノンジャンルで何か一編書いて」と次の依頼がきたんです。
そこで「ノンジャンルということは、“ホラーや怪談以外で、おまえは何が書けるんだ”と問われたのではないか」と勝手に思って、「ずっと書きたかったプロレスを書くしかない」と、プロットも立てずに書き始めたんですね。
ところが、構想はある程度あったんですが、依頼された枚数では終わらなかった。
なので「つづく」と書いて送ったんです。

 

──ええっ!?

 

彩坂 「小説すばる」でそれは厳しくないですか?

 

黒木 無茶を承知で送ったら、あんのじょう編集長から電話がきて、「どういうことでしょうか」と(笑)。
「実はこういう理由で、今後の展開も考えていまして」といろいろ説明したら、編集長の人徳でしょうね、静かに僕の話を聞いてくれて、「じゃあ、本になるかどうかの保証はできないけれど、ウチで書いてみましょうか」と言ってくれたんです。
それで連載が決まる、と。
そんなドタバタの経緯もあって、取材らしい取材は、ほぼしていないんです。

 

 

──ファンとして見ていたプロレスの知識だけで書いたということでしょうか。

 

黒木 連載が決まって以降も、取材しようと思えばできないことはなかったんです。
東北にもプロレス団体はありますし、交流もそれなりにあったので。
ただ、僕のなかにあるプロレスの美しさ、観客視点で感じた魅力を表現するには、あまり過度に選手や業界の人とコンタクトを取らないほうがいいだろう、と思ったんです。
加えて、レスラーの方に「プロレスを題材にした小説を書いている」って伝えると、ちょっと複雑な反応だったんですよ。
プロレスは、格闘技と一線を画した部分……
つまり、ストーリーの有無だとか事前の取り決めに対する疑惑などが常につきまとうジャンルなので、当事者は過敏になってしまうようなんですね。
そこでちょっと考えてしまった。
大好きなジャンルへの思いを綴ったはずなのに、当の選手たちが望んでいない内容だとしたら、不本意ですよね。
「そんなものをお前は本当に書きたいのか」と葛藤しました。
もちろん、選手に媚びを売るとか業界に忖度するという意味ではないですよ。
ただ、裏側を描かないという縛りのなかでプロレスを書けないかなと悩みまして。
結果的にこの作品は、「プロレスに、その手の暗黙の了解はない」ことを前提とした話になっています。

 

──とても興味深い書き方をされていて、たしかに作品の中に「暗黙の了解」は出てこないけれど、なにがしかの「筋書き」は匂わされていますよね。そこを取り沙汰する無粋さを遠ざけようとしているように見えます。怪談実話作家としてのキャリアは、活かされていますか?同じ部分があるように思うのですが。

 

黒木 大好きなジャンルを夢中になって書いたという点では、同じ根っこから派生した作品だと思っています。
誤解を恐れずに言えば、怪談実話もプロレス小説も、胡散臭さと崇高さが同居している。
それを承知のうえでこのジャンルを信じている、そんな読者に向けて書いた作品です。
だから、たとえば「プロレスの真実と悲哀」的な面白さとは視点を変えて書こうとは心がけました。

 

彩坂 リアルとリアリティって違うと思うんですけど、この作品はリアリティがあって、本当にこんなプロレスラーがいて、こんなプロレスの試合をしているように思えました。
物語としてのリアルって、こういうことなんだろうな、って私は思います。

 

黒木 怪談実話にしてもプロレスにしても、物語に変換する場合は、虚構を虚構でくるむ手順が必要なので、扱いにくい面はあると思うんです。
ただ、僕は『掃除屋』を書くなかで、そんなフィクションの二重構造によって生まれるリアリティが、虚実のあわいを横断していくことで生まれる面白さがあるんじゃないかな、と改めて思いました。
なので、「この対談のふたりの作品、全然違うじゃないか」と思われたかもしれないんですけど、そういう意味では、『みどり町の怪人』と『掃除屋』は、実はわりと似た顔をしているのではないか、と。

 

──『掃除屋』は、ミステリー的でもありますよね。

 

黒木 最初は破天荒な試合の様子を書ければそれで良いと思っていたんですが、「裏のポリスマン」的な側面は、第一話冒頭で書いたボリュームで満足してしまったんです。
さて、どうしようと悩むなかで謎解きの要素が自然に生まれました。
主人公のピューマ藤戸は老いていて、若いレスラー相手では力でねじ伏せることが難しくなっている。
おまけに「掃除屋」の依頼は、非公式なのも当然というクセのあるものばかり。
だとすれば、依頼する人間も「清掃」されるレスラーも、どいつもこいつも一筋縄ではいかない連中ばかりに違いない……。
そう考えていくうちに、謎に満ちた依頼をリングのうえで解明していく、という流れが出来ました。

 

──興味深いのは、このピューマ藤戸、依頼をこなさなきゃいけないうえに、その依頼の謎も解かなきゃいけなくて、しかも試合には必ず負けなきゃいけない。

 

黒木 そうです。

 

彩坂 この設定、面白いですよね。

 

黒木 ハイ勝ちました、ではカタルシスがないんですよね。
始末したうえに試合でも勝って良いなら、老いた藤戸じゃなくてもいいわけです。
業界のルールを破った相手を制裁するけど、勝敗自体ではハンデを負わせないようにしなきゃいけない。
そうじゃないと、強いジジィがリングを荒らし回っている話になっちゃう。
そんなレスラーが「掃除屋」をやっていたら、業界で生きていけないですからね。
なので、藤戸には申し訳ないと思いましたが、とても厳しい制約を課してみました。

 

彩坂 最終話のクライマックスって、第一話を書いたときから決めてたんですか?

 

黒木 いや、最初は全然決めていなかったです。
「ゆくゆくは藤戸が命の危険にさらされるだろうなあ」とは、ぼんやり考えていましたけど。

 

彩坂 具体的に言えないんですけど、最後のカタルシスはほんとに凄いと思いました。
うまいなあ、ここに繋がるんだ、と。

 

黒木 いろんなレスラーをミックスして藤戸のモデルにしているんですけど、彼らの生き様を考えていくと、藤戸がどう生きて、どんな危機に直面して、いかに行動するかはすんなりと決まりました。
とはいえ、最終話は藤戸と同じ混沌とした心理状況のなかで、えずきながら書きましたね。
ギリギリまでどう決着するか決めていなかったので。

 

そうそう、最終話は雑誌掲載時と大きく変えているんです。
雑誌のラストは、ちょっと綺麗事になっちゃったような気がしたんです。
「手練れのレスラーはもっと狡猾だよ。勝ち方も負け方も心得ているよ」と思い、ばっさり書き直しました。

 

──怪談から離れた文芸作品は初めてですが、書いてみて、どうでしたか?

 

黒木 ものすごく楽しかったです。初めての題材でしたしね。
僕はさっきも言ったように、最初は楽しくて書き始めたはずが、期待されるとテンプレートにはまって抜け出せずに、もがく傾向があるんです。
怪談ではそれで長いこと悩みました。
ですから、このあと、「またプロレスを書いてください」ではなく、「また別のものを考えてください」と言われる機会があれば嬉しいです。

 

──もうプロレスは書かない?

 

黒木 いや、書きたいと思っているプロレスのネタはたくさんあります。
ですから、藤戸ではないですが(笑)依頼が来ればきっちりとこなします。
ちなみに先ほど言い忘れたんですが、プロローグも本になる時に大きく書き足した部分です。
技の名前を客席から叫ぶ熱心なファンのモノローグになってるんですが、このファン、最初に登場させたときはそれほど重要なキャラになる予定はなかったんです。
最終的にかけがえのない存在になりました。
小説ってこういうことがあるんだなあと驚いています。

 

──プロローグのありようもミステリーっぽいですよね。事件を目撃した証言者の語りから、事件の起こる本編が幕を開けるという。

 

彩坂 私、黒木さんがガチで書いたミステリーが読んでみたいです。

 

黒木 依頼が来るように頑張ります。
海外ならジョン・ブラックバーン、国内では北森鴻さんや都筑道夫さんの「雪崩連太郎」シリーズのような、土俗ミステリーを書いてみたいですね。
彩坂さんもぜひ、ホラーを。
藤田新策さんの装画で出せるような本を。

 

彩坂 それ、夢なんですよ!

 

* * *

 

彩坂 ラジオは復活しないんですか?

 

黒木 そういう声をいただくこともあるんですが、レギュラーじゃないとなかなか枠の確保ができないと言われてしまって。
毎週スケジュールを空けるのは、僕もポーちゃんも苦しいかな、と思っているんですけど、『みどり町の怪人』でこういう機会もいただきましたし、スペシャル版をオンエアできればと考えています。
そのときは彩坂さん、是非ゲストで出てください!

 

〈おわり〉

 

〈イベント情報〉彩坂美月さんと黒木あるじさんのトークイベントが開催されます!

『みどり町の怪人』『掃除屋』の刊行を記念してトークイベント&サイン会が開催されます。
この対談を読んでご興味をもたれた方、ぜひ足を運んでみて下さい!

日時 2019年7月20日(土)15時開始
戸田書店山形店にて 入場無料・予約不要
詳細はこちら

 

 

【発売中】『みどり町の怪人』光文社
彩坂美月/著

 

埼玉県のローカルな田舎町・みどり町。この町には怪人が出ると噂されている。未解決の殺人事件も、深夜、墓地に出没するのも、自分を追いかけてくるあやしい陰も、みんな、怪人なのかもしれない……。都市伝説×コージーミステリーの野心作。

 

彩坂美月

 

山形県生まれ。早稲田大学第二文学部卒。2007年、『未成年儀式』で第7回富士見ヤングミステリー大賞準入選。2009年、同作が単行本として刊行され、デビュー。近著は『僕らの世界が終わる頃』『金木犀と彼女の時間』。

 

『掃除屋(クリーナー) プロレス始末伝』集英社文庫
黒木あるじ/著
2019年7月19日(金)発売

 

ピューマ藤戸は50歳のロートルレスラー。あちこちの団体の興業に参加するが、前座やコミックマッチが主の、地味な存在だ。しかし、彼には、「掃除屋(クリーナー)」という裏の顔があった……。プロレスとプロレスラーへの愛に溢れた、傑作人情活劇!

 

黒木あるじ

 

1976年、青森県生まれ。東北芸術工科大学卒。2009年、「おまもり」で第7回ビーケーワン怪談大賞佳作入選。「ささやき」で第1回『幽』怪談実話コンテストブンまわし賞を受賞。2010年、『怪談実話 震(ふるえ)』が竹書房文庫より刊行され、デビュー。近著は『怪談実話 終(しまい)』『黒木魔記録』。

 

2019年6月25日 文翔館(山形県郷土館)にて撮影、山形貸し会議室にて収録
撮影=藤山武

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