akane
2021/02/05
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2021/02/05
江戸時代の日本には、「ドレミファソラシド」の音階を歌える人はほぼいなかった。それもそのはず、「ドレミ」は西洋で形成された音の並びで、音階における音の数や音の高さは地域によって異なっていた。たとえば、インド音楽には、ドとレのあいだに数多くの音があるという。
今、日本で演奏される音楽のほぼすべてが「ドレミ」をもとにしている。その始まりは、どうやら明治時代の学校教育にあるらしい。近代西洋のOSを広める際に、明治政府は欧米に習った教育制度を整えたが、そのときに唱歌(現在の音楽のこと)の授業も加えられたのだという。西洋人と肩を並べられるよう、また愛国的な歌を歌わせることで国家を統一しようとの政治的な目的もあったらしい。
かつては数ある中のひとつに過ぎなかった西洋文化だが、ファッション、食事、エンターテインメント、音楽など、今では世界の隅々にまで浸透している。ところで、なぜドレミが歌えなかった日本人が、バックグラウンドのまったく異なる外から入ってきた音楽にこれほどまでに馴染むことができたのだろう。その訳を、著者は近代西洋OSのなかに見出している。
バッハと同時代を生きたフランスの作曲家ジャン・フィリップ・ラモーは、作曲の傍らデカルト哲学の影響を受けた音楽理論書を執筆した。ラモーは、数字や記号を用いて楽曲を分析する手法を開発している。
「数字と記号をもちいた共通の分析方法さえ学べば、西洋人やクリスチャンであることなど関係なく、その曲についての客観的な知識を獲得できるようになったのです。したがって、ラモーから後のクラシック音楽は、一定の手順をふみさえすれば誰もが論理的に納得できるようになっています。」
著者は、近代西洋OSは、誰に対しても有効な説得力(普遍性)をもっていると述べる。その理論が世界のあらゆる音楽ジャンルで活躍していることからも分かるように、「それで自分をうまく武装すれば、相手がどんな人種や民族であろうと、『これなら従える』と納得させるだけのものを提示できるわけです」
クラシック音楽は新しいOSの洗礼を受けたことで、世界が西洋に支配されていったのと同じように、文化的な背景のまるでちがう東洋人にも受け入れられるようになっていったのだと著者は述べる。そしてこのOSを活用することが、指揮者としての成功につながったのだと記している。
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