BW_machida
2022/02/03
BW_machida
2022/02/03
この数年世界は、新型コロナウィルスに翻弄され続けている。医療・保健関係は言うに及ばず、飲食及びサービス業やイベントにまつわる仕事など、集客を旨とするあらゆる業界が壊滅的なダメージを負った。更には、集客やサービスとは無縁と思われていた第一次産業までもが、深刻なダメージを被っていると聞くと、現代社会の構図そのものが、同じ(集客=消費)の地平に立っているのだと思い知らされた気がする。未知のウィルスとは、これほど社会に打撃を与えるのかと、改めてその脅威のほどを思い知らされた。そんな数年だった。
すでに引退の身の私などはまだしも、現役世代はたまったものではない。キャンパスライフはおろか、出会うはずのクラスメートと肩を並べることもなく、やっとの思いで獲得した「内定」を失うようなこともあるらしい。おそらくは青春のただ中にあるはずの彼らだが、その真っただ中の景色とは、いったいどのようなものだろう。そんな若者たちが気の毒でならない。
果たして社会に出るとは、社会人になるとはどういうことなのだろう。
考えてみるに、それはひとえに「経済活動に勤しむ」ことに尽きる気がする。などと、これから世に出ようとする若者たちの、ダッシュの利かないスタートに思いを寄せているところに本書『「非会社員」の知られざる稼ぎ方』(光文社新書)と出会った。著者は、ライター、漫画家、イラストレーター、カメラマンなど多様な肩書を持ち、ホームレスや新興宗教や青木ヶ原樹海などに潜入&体験取材で活躍している村田らむ氏。近著に『樹海考』(晶文社)、『ホームレス消滅』(幻冬舎新書)、『人怖 人の狂気に潜む本当の恐怖』(竹書房)などがある。かつて、似たようなフィールドで仕事をしてきた私には、著者の逞しいバイタリティと、それに勝る才能のほどが窺い知れる。そんな著者が、近年流行りの「非正規雇用」でもなければ「フリーター」でも「自営業」でもない、「非会社員」と呼ぶ人びとの稼ぎ方をどう紹介するのか、興味が増してきた。
「元手は60万円くらいしかなくて、心もとなかったけど、とにかくやるしかなかった。知り合いの運送会社の社長のところに間借りして、電話回線だけを引いて1人で会社を始めた」
実車を持たない貨物運送取扱事業(自社以外の運送業者の運送機関を使い貨物運送を引き受ける事業)だったため、リスクは少なかった。前の職場で運送屋とはたくさんつながりができていたので、比較的早く軌道に乗り、1年目で売り上げは3億円になった。(中略)
そして3年目に、実運送(実際にトラックを持つ運送業)を始めた。しかしそれが失敗の始まりだった。(中略)
「その頃にはトラックを60台以上持つ、そこそこ大きい企業になっていた。行くも地獄、やめるも地獄だった。結局、倒産するしか道がなくなってしまった」
2008年に会社をたたんだ翌年、逃げるように、東京にやってきた。東京の片隅で、ゴミ屋敷清掃の基になる仕事、便利屋、なんでも屋、を始めた。
と、本書の冒頭を飾るFile.1は特殊清掃会社「株式会社まごのて」を経営する佐々木久史さんの半生の顛末だ。
特殊清掃とは、世に言うゴミ屋敷の清掃を意味する。TVのワイドショーやバラエティ番組などでも盛んに紹介される、とても人が暮らしているとは思えない、うず高くゴミが積み上がった屋敷や部屋を奇麗にするのが仕事である。中には、数十匹の猫の糞尿が床に大量に積もっていたり、オシッコの入ったペットボトルが数千本も出てくるような部屋もあるらしい。
「体ひとつ以外に何もないから、便利屋以外に選択肢がなかった。理想も理念もなかったよ。」
と語る佐々木氏だが、当初は自宅マンションのベランダで始めた事業も軌道に乗り、今では社屋も新たにし、さらに自社ビルを持つことを目標としている。
高校を卒業したら、北海道を離れ東京に行こうと決めていた。北海道内なら札幌が都会だが、実家から札幌は自動車で6時間もかかる距離にあり、何があるかほとんど知らない札幌よりも、テレビで慣れ親しんだ東京のほうが、心の距離が近かった。
本書のFile.3は、唯一無二のコスチュームを制作する「CHOCOLATE CHIWAWA」のすまきゅーさん。
北海道十勝出身のすまきゅーさんは、毎日学校から一目散に帰宅し、読書とTVを楽しんでいた。そして上京後、美術と服飾の専門学校で迷うが、職業として成り立つ可能性が高いという理由で服飾の道を選ぶ。
テレビをつければアイドルたちが華やかな衣装をまとい歌を歌っている。イベント会場に出掛ければコンパニオンたちが、催し物にちなんだコスチュームを着て笑顔を振りまく。近年ではハロウィーンパーティーなどコスプレ文化が盛んで、趣味でさまざまな衣装を着る人も増えた。
今やコスプレは日本発祥の文化として、漫画やアニメとともに世界中に伝播し支持され、商品としてのみならず、イベントやショーなどとパッケージして商品化される、確固たる輸出品の一つである。かつて、訳知り顔の大人たちが苦笑いする隙間に生まれた若者文化は、あっという間に日本の文化産業を世界市場へと牽引する一大ムーブメントとなっている。
きっかけは、たまたま飲み会に顔を出したときに、同席した女の子宛にかかってきた1本の電話だった。女の子はしばらく話した後、「すまきゅーさんって縫い物できたよね?」と聞いてきた。電話の相手は芸能関係のスタイリストで、急きょ縫物ができる人を探しているという。(中略)
現在では、芸能関係が2割、コスプレ公式(ゲームショーなどのブースのコンパニオンが着る企業公認のコスチュームなど)が4割、一般の人からの依頼が4割、の割合で仕事が来ている。
本書によれば、順調に仕事量も増えてきているすまきゅーさんだが、そんな今も、時間を作っては派遣型のアルバイトで様々な現場に足を運んでいるらしい。と「ん? 仕事は順調なのでは?」と首を傾げたくなる一節だが、その後続く
「私は仕事と遊びの区別がないんですよね。毎日遊んで暮らしてるけど、毎日仕事してるっていう感じなんです。……(後略)」
という言葉を聞いて、合点がいったような気がする。
本書が紹介する、様々な「非会社員」が成功(成立)する最大の要因は、「真剣」であることのようだ。それが「遊び」であれ「仕事」であれ、常に真剣に向き合うことこそが成功の秘訣なのかもしれない。
さらに本書は、スーパーで働きながらすし屋を経営するすし職人や、元傭兵の軍事アナリストや、板金塗装業を営むモデルであり溶接ギャルを自称する現役ギャル社長など、多彩な「非会社員」を紹介している。
『「非会社員」の知られざる稼ぎ方』(光文社新書)は、「認められる」とか「地位を向上させる」とかいう眉唾ものの処世術指南書ではない、「いかに暮らしを充実させるか」を稼ぐことから教える人生読本だった。
閉塞観漂うウィズコロナ社会に、暗澹とした思いを抱いたまま送り出されようとしている若者たちに、是非一読をお勧めしたい一冊だ。
文/森健次
「非会社員」の知られざる稼ぎ方
村田らむ/著
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