2020/03/04
高井浩章 経済記者
『ワン・モア・ヌーク』新潮社
藤井太洋/著
「3・11」に東京の都心に原爆テロの脅威が迫る。しかもオリンピックイヤー、そう、2020年に――。
この着想をもとに、例えばメッセージ性の強いショートムービーや短編マンガを作ることは、さほど難しくないかもしれない。
だが、それを長編小説として仕上げる、しかもプロローグとエピローグを除けば3月6日から3月10日までのわずか110時間のカウントダウンものとして仕上げるとなれば、話は別だ。
映像作品のように細部から目をそらして「流れ」に集中させる引力も、マンガというメディアが持つ矛盾を飲みこむ文法も使えない。読者がどこかで「作り物」と感じれば、小説世界はガラガラと崩れ落ちる。
そんなタイトロープをSFの旗手、藤井太洋が渡り切ってみせた傑作が『ワン・モア・ヌーク』だ。
奇想天外なプロットを支える細部のリアリティ、それぞれの物語を背負った登場人物の造形、地に足のついたテクノロジーの小説世界への応用、流れるようなストーリー展開。構想から執筆まで、作者自身が感じていただろう「熱」が伝わってくる作品で、文句無しでのめり込めるページターナーだ。
素晴らしいのは、これだけ高いエンターテイメント性を維持しつつ、「核の火」という20世紀から人間が手にしてしまった業についての力強いメッセージが込められていることだ。
詳細は本編に譲るが、「ワン・モア」はトリプルミーニングになっている。日本人なら、1つめの広島、長崎に次ぐ3つ目の「核」、あるいは福島第一原発事故に次ぐ「核」という2つめの意味にはすぐ考えが及ぶだろう。
だが、物語を駆動させるうえで、作者はもう1つの「ワン・モア」をがっちりと組み込んでいる。濃縮ウランの出自を含め、日本国内の枠に収まらない藤井太洋という作家のスケールの大きさを感じさせる見事な設定だ。
「欲張りすぎでは?」と思うほど、多様な要素を取り込みつつ、ストーリー展開があまりにリアルなので、読者はまるでパラレルワールドの東京に迷い込んだような錯覚を起こすだろう。さきほど映像作品やマンガと「難易度」を比較してみたが、
ぜひ、物語世界を未来形と実感できる「3・11」までに手に取ってほしい。
最後に。
この種の作品では「ネタバレ」は禁物なので、抽象的な書き方になるのを許してほしい。
興奮して最終盤まで読み進めたとき、
疾走感が強く、読み落としてしまう読者がいるかもしれないので、
私の心を揺さぶったのは。「人称」の変化だった。
贅言はここまでとしよう。間違いなく、今年の収穫の1つに数えられる作品だ。
もう3月だ。お早めに!
『ワン・モア・ヌーク』新潮社
藤井太洋/著