2018/06/14
小野美由紀 作家
実録 泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました。(1) BUNCH COMICS
ペス山ポピー/著
現代ビジネスのインタビュー記事(23歳処女でドMな私が「泣くまでボコられて初恋をした」奇跡的な話)を読んで興味を持ち、購入してみた本書。
ただの面白可笑しい性癖暴露エッセイかと思いきや、期待した以上に真摯な内容だった。
性癖を告白する物語ってなんでこんなに面白いのだろう。谷崎潤一郎の「富美子の足」をはじめ男性が被虐趣味を告白する作品は世界に数多あれど、女性がそれをする物語は少ない。
作者は特定の条件下でイケメンから体をボコボコに容赦なく殴られなければ興奮しない「マゾヒスト」である。幼少期からその性的嗜好を自覚しており、妄想でその欲求を満たしていた。やがて、あることがきっかけで現実に男に殴られてみようと思いたった彼女が、出会い系掲示板を通じて自身の性の欲望を満たしてくれる相手を探しはじめる、というのが本書のメインストーリーである。
「こういう性癖の人ってこうだよね」というラベリングを剥がす
性癖とは自分自身だ。幼少期からの生育の過程で、様々な体験を通して心に開けられる、複雑な形をした鍵穴のようなものだと私は思う。鍵穴の形を探ることは、必ず「なぜ私は(独自の生育過程を経て)この私たり得たのか?」と言う、オリジンを探る行為であり、当然、汚い記憶や嫌な過去とも向き合わざるを得なくなる。作者はそれを丁寧に書くことで、「マゾヒズム」という性癖に付けられた社会一般の凡庸なラベリングをじわじわと剥ぎ取っていく。
例えば、彼女は最初、「自分はかっこいい男性から殴られさえすれば“興奮できる”のだ」と思い込んでいる。しかし、出会ったS役の男性たちとプレイを重ねるうち、「どんな相手でも、どんな痛めつけられ方でも興奮して満たされるわけではない」のだと気づく。暴力にとある「条件」がなければ興奮しない……それは一体何だろう? と、最初は自身の性癖を荒い解像度でしか認識していなかった彼女が、やがて自身のアイデンティティを突き詰めるがごとく、プレイを重ね、イケメンから殴られまくり、自分にとっての「興奮条件」を少しずつ掻き集めてゆく。その姿はまるで、ファンタジーRPGで世界を救うアイテムを集めてゆく勇者みたいだ。
どんな性癖の持ち主であろうと、中心には必ず「満たされない自分」がいる。ノーマルだろうとアブノーマルだろうと、それは変わらない。
それがつかの間、他者との交流によって満たされるのがセックス(挿入を必ずしも伴わない)ならば、この物語はただの性的な興奮を取り扱ったエッセイというよりは、他者との関わりを通じて自分自身の形を見つめる過程を描いた成長の物語である。
満たされなかったペス山さんが、試行錯誤しながらも、プレイによって徐々に「満たされた」気持ちになってゆく。それを追求してゆく姿は清々しく、爽快だ。ずっと眺めていたい気持ちになる。
過激な描写が多いが、決して露悪的ではなく、むしろ真摯に感じたままを伝えてゆこうとする彼女の気概が感じられ、快く読める。作者のエッセイストとしての技量が高いので、安心して読める。
「人の性癖を笑うな」。どのページにも、そんな作者の叫びがデカデカと描かれているような、性と向き合う青春物語である。
実録 泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました。(1) BUNCH COMICS
ペス山ポピー/著