2020/12/25
馬場紀衣 文筆家・ライター
『太田和彦のふらり旅 新・居酒屋百選』
光文社新書 著/太田和彦
居酒屋探訪家の著者が歴史ゆかりの地をふらりと気のおもむくままに訪ねる。古き良き街並みを歩き、古寺や市場へ足をのばし、日が暮れれば上質な居酒屋巡りのはじまりだ。趣のある老舗の居酒屋から小洒落たバーまで、店主こだわりの料理や銘酒が写真とともに紹介される。
酒飲みの著者は日本各地を放浪する。
横浜では、人で賑わう山下公園。おしゃれな元町。昭和の面影を残す野毛など個性的な街並みを歩く。たどり着いた先は、ディープゾーン黄金町の小居酒屋「栄屋酒場」。地酒に力をいれている店らしく、高知県の日本酒「久礼」に合わせて注文したのは金沢八景・小柴のシャコと丸々太った穴子の天ぷらだ。銘酒と肴をゆっくり楽しみながら、主人や常連客と語らう著者の姿がまた味わい深い。
ほろ酔いの旅はまだまだ続く。
金沢では香箱がに。谷中では軍鶏鍋をいただく。長崎ではえそすり身、いかミンチ、海老のはいった特製かまぼこ。静岡では酢あじ。札幌のビアホールでは生ラムジンギスカンと特製の限定生ビールだ。季節にあわせた肴を選んでいるのもまたいい。
これは美味しそう、このお酒はぜひ飲んでみたいなんて思いながら読んでいるうちに、次の旅行はこの店を目当てに出かけてみるのもいいかもとムズムズしてくる。自分の住んでいる街のお店が出てくると、すぐにでも出かけたい衝動に駆られる。
「海外旅行のいちばんの思い出は、おしきせの観光レストランではなく、地元の人に連れられてこわごわ入った裏町の酒場だったりするが、国内ならば自分でそれができる」
著者は、「国内ならば、言葉は通じるし、お金はわかるし、パスポートはいらないし、いざとなれば携帯電話がある」とも語る。だからすこし飲みすぎたとしても、安心だ。
とはいえ日本でも団体旅行となると、時間に追いやられてしまい、気に入った場所でゆっくり過ごすのがちょっと難しいこともある。その点、「一人」なら、ふらりとどこへでもでかけられる。気楽な旅だ。
一人で居酒屋を巡る喜びはほかにもある。ゆっくり時間をかけて夜を過ごしていると、その街の歴史や個性に気づかされることがあるのだ。仲良くなった常連客とその日の出来事を報告しあうのもいい。遠くへ出かけられなくても、本書を片手に住み慣れた土地を旅人のように歩いて、居酒屋を巡るのも楽しそうだ。
「太田和彦のふらり旅 新・居酒屋百選」
光文社新書 著/太田和彦