「緊迫の22日間」――歴史に残るビートルズ・屋上ライブの舞台裏を、日本人研究家が並々ならぬ情熱で描いた傑作

UK-inspired 

『ゲット・バック・ネイキッド ―1969年、ビートルズが揺れた22日間―』
藤本国彦/著 青土社

 

ビートルズが1969年にロンドン中心部、サビル・ロウのビルの屋上で行った予告なしのライブ演奏(ルーフトップ・コンサート)は、熱心なビートルズファンならずとも良く知られている。コンサートツアーを1966年夏にやめて以降、スタジオでの音楽作りに専念していたビートルズが突然ライブ演奏を始めたのだから、近くに居合わせや人たちはさぞやびっくりしたことだろう。楽曲の一部がアルバム「LET IT BE」に収録されているが、その製作過程の模様を撮影した映像や、多くの未公開映像を含むドキュメンタリー・シリーズが11月下旬に「ディズニープラス」から配信される。全世界のビートルズファンが待ち焦がれている映像だ。この時期のビートルズをめぐっては、かつて「LET IT BE」という同名の映画があり、筆者も見たことがあるが、陰鬱で寒々しい映像だったことを記憶している。しかし今回は、予告編の映像を見ると、明るい場面も多く含まれているようで、雰囲気がだいぶ異なる予感もある。

 

本書は、「LET IT BE」の映画撮影やアルバムに入った曲作りのプロセス、いわゆる「ゲット・バック・セッション」が行われた1969年1月の22日間のビートルズの動きを、あらゆる海賊版や資料を活用して解明したものである。驚くのは、細かいメンバーの会話を詳細に再現している点だ。聞きづらい口語英語によるメンバーの何気ない会話を文字に起こし、克明に記録した。解散が近づいているせいか、時にシリアスな会話が交わされる中でも、楽しげなやりとりも多くあって興味深い。演奏している曲もビートルズが下積み時代に好んだ古い曲や過去のヒット曲なども様々に含まれていることがわかる。

 

本書の注目点はゲット・バック・セッションのヤマ場となるライブ演奏をどこでやるかを決めてゆく議論の過程である。本書を読むと、「外国には行きたくない」「イギリスじゃなくちゃダメだ」「船なんて本当にばかげている」などメンバーから様々なアイデアが出ていたことがわかる。セッションの間もメンバーがそろわず、中断を余儀なくされた時期もあり、企画自体が空中分解しかねない危うい状況であったことが示される。そうした中にあって、さまざまな偶然が重なり、歴史に残るルーフトップ・コンサートが実現する。まさに緊迫の22日間だった。

 

文字で記しているゆえに、映像だけではわからない詳細な情報も得られる。ゲットバック・セッションにアメリカ人のキーボード奏者、ビリー・プレストンが参加した時に、メンバーをとりまく空気が「よそ行き」モードに一変したことなどはその一例だ。大スターでありながらもそれぞれが生身の人間であったことにある種の親近感も抱く。そうしたビートルズの4人が化学反応を起こした結果、伝説の屋上ライブが生まれたとも言えよう。解散から50年以上たっても多くの人の関心をひきつけてやまないビートルズの魅力はここにある。それを日本人のビートルズ研究家が、並々ならぬ情熱で日本語の書物で示してくれた。あまたあるビートルズ関連本の中でも群を抜いて輝く力作だ。長年のビートルズファンの一人として著者に感謝を捧げたい一冊である。

 


『ゲット・バック・ネイキッド ―1969年、ビートルズが揺れた22日間―』
藤本国彦/著 青土社

この記事を書いた人

UK-inspired

-uk-inspired-

ビジネス・経済分野を中心にジャーナリスト活動を続けるかたわら、ライフワークとして書評執筆に取り組んでいる。英国の駐在経験で人生と視野が大きく広がった。政治・経済・国際分野のほか、メディア、音楽などにも関心があり、英書翻訳も手がける。

関連記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitterで「本がすき」を