2023/02/02
藤代冥砂 写真家・作家
『世界を支配する人々だけが知っている10の方程式』光文社
デイヴィッド・サンプター/著 千葉 敏生 /訳
おそらく私たちの誰もが、自身や家族の幸福を願っている。まず、何よりも自分とその近しい人のことを第一に考えて、それがある程度満たされたら、次は友人や隣人、その後に世界全体の幸せについて夢を語るのだろう。(もちろん、この順番が全く逆の人もいる。ただその数は、極めて少ない。これを残念だとすべきかどうかは、よく分からない。)
だが、幸福に至る手段というのは、一定の成功法則があるわけではなく、各自がその状況に合わせて手探りで手にしようと努力しなくてはいけない。
ある人にとっては、その手段が芸術であるかもしれないし、投資や、学術的な研究、奉仕活動、信仰、与えられた仕事をこなすこと、など枚挙に遑がない。だが、様々な手段の数に比べて、この世界をどう解釈しているか? という問いに対しての答えは、ぐっとその数を減らすだろう。
資本主義国家に暮らす人に限らず、この地球という星に暮らす人々の絶対的価値の物差しは、まず、マネーである。マネーの量がその物事の価値を測るほぼ唯一のものだ、とは言い切れないが、やはりこれを現実として飲み込まざるを得ない。
だが、一方でその対極の存在として影響力を持っているのが、宗教や信仰ではないだろうか。愛や慈悲などが重んじられるその世界では、一番大切なものは測れないものとしてある。
マネーと信仰。可視と不可視とに二分された価値観に覆われたこの地球において、他に物差しはないのだろうか?この大きな二つのものの影響から離れて、もっと小気味よくこの現実世界を解釈するものはないだろうか?
それが、本書でとりあげている確率である。マネーと信仰と比べると、象とアリを思い浮かべてしまうが、実際に本書を読み進めていくと、マネーという現実と信仰という精神世界すらも、この確率という世界の読み取り方の範疇にすっぽりと収まってしまう感がある。
確率と聞いて、数学の授業や、無慈悲な数字の羅列を思い浮かべる人は多いと思うが、それは決して無慈悲などではなく、厳粛な現実の写鏡として輝き始める。
本書の目次に掲げられたものをここで並べてみよう。
賭けの数式、判断の数式、信頼の数式、スキルの数式、影響力の数式、市場の数式、広告の数式、報酬の数式、学習の数式、普遍の数式。全部で10個の数式があるわけだが、本書のタイトルから引用するなら、これらの数式は、世界を支配する人々だけが知っている10の数式、なのだそうだ。TENと呼ばれる秘密結社のメンバーは、これらの数式をしっかりと使いこなして、様々な事象の解釈に使い、それぞれの分野で成功を収めているらしい。
そして、こういう趣旨の様々な本が、効率よくライバルを出し抜いて成功を手にしよう、と背中を押すのに対し、本書は、万人にとってより良い世界を手にするには? という夢のシナリオを求めていることが面白いところだろう。
本書を読み終えると、この世界は一刻一刻無数の確率によって成り立っている実感が得られて不思議な高揚感がある。そこには、よし、これで成功に一歩近づいたぞ、と思わせるものハウツーはなく、むしろ世界をニュートラルに眺める静かなる力を得たような感じがした。精神世界の本ではないけれど、数学というのはその真摯さによって、日毎の結果に一喜一憂しがちな感情に、まあ落ち着きなさい、これは確率的にこういうものだよと言ってくれる。日々の暮らしを平穏に捉える補助具として確率の概念が使えることを認識させてくれたことが、本書を読む楽しさと喜びであると思う。
『世界を支配する人々だけが知っている10の方程式』光文社
デイヴィッド・サンプター/著 千葉 敏生 /訳