akane
2018/05/17
akane
2018/05/17
~新橋でも老舗のTGS(立ち食いそば)はイノベーションのお手本:丹波屋~
新橋で立ち食い蕎麦のRPGを楽しむ
新たな散歩グルメ・スタイルを提唱する、連載3回目。前回、前々回と、新橋の全然おNEWじゃない雑居ビル、ニュー新橋ビルに多いガッツリ系をいくつか紹介してきたが、散策ついでの食事は本来、重くちゃいけない。
という意味で、リーマンの聖地・新橋は立ち食い蕎麦でも激戦区だ。
新宿店はインバウンドで行列もできる「かめや」、駅構内には大盛り0円の古参「ポンヌッフ」と、やはり新宿などにもある讃岐うどんが有名な「かのや」、駅を挿んで向かいの新橋ビルにサクサクのジャンボ舞茸天が美味な「おくとね」と、支那そば系ラーメンも食べられる「三松」に、卵1個無料でめちゃくちゃコスパが高い、巨大かき揚げ天ざるの「さだはる」、銀座側に駅を渡って、立ち飲み屋として使える「そば田」、浜松町方面に孤高の老舗「うさぎや」…とうどん専門店を除いても、こんなに立ち食い蕎麦屋がある。
内幸町や御成門側にも評判の個人経営店が乗り出してきて、あの「富士そば」がどこにあるのか印象にないくらいなのだ。
どの食ジャンルもチェーンが席巻する昨今、歩いていてこうもワクワクする街もない。
会社員でも営業職だったらなおさらだろう。つねに迅速快味の立ち食い蕎麦が頭に思い描けている営業マンは、きっと有能に違いない。
チェーンとしては優秀な「小諸そば」も「名代 箱根そば」も、昔からニュー新橋ビルに入っている。
しかし、他の街ならいざ知らず、駅を背にして右旋回で向かうべきは「丹波屋」。
ここの季節ごとの変わり種そばは、真のサラリーマンの味方だろう。
日替りサービスも充実し、毎日通っても飽きさせない。
とはいえ、かつて新橋で最も食べたのはやはり「かめや」。
名画座「新橋文化劇場」の2本立ての幕間によくダッシュしたものだが、本来は好みのあの汁の濃さに飽いてくると、丹波屋でよく浮気したものだ。
1984年の創業時から天ぷらの種類が豊富で、2種類ほど載せるとだいぶ満足感がある。
しかし、“本宅”はあくまでかめやで、丹波屋は妾宅。その棲み分けはそれこそ、まだ新橋文化劇場があった4年前までは動かなった。
本宅と妾宅を行ったり来たりの立ち食い人生
かめやはガード下の映画館の裏手にあったので、動線的にまさに30秒の距離。
しかしどうも、それだけが理由ではなかった。
その頃から一気に丹波屋の変化球が多様になり、すべてを試したくなってしまったのだ。
そもそも一途な本妻、かめやの天ぷらといえば、かき揚げに竹輪天だけ。
そこへ行くと、丹波屋は衣ほぼなしの春菊天が自慢だし、他にも玉ねぎ・ごぼう・げそ、前は茄子やいんげんも定番であった。
それらは言ってみれば、カーブやシュート、フォークやスライダー。
そこにチェンジアップやパームにナックル、果てはツーシームや真ッスラまで加わった感を与えるのが、季節に応じた丹波屋独自メニューというわけだ。
例を挙げると、昨今紅生姜天流行りだが、そこに高菜も入ったかき揚げはかなり刺激的な味だった。
高級割烹を想わす、あさりとそら豆のかき揚げはいかにもこちららしい捻りだ。
そんな中とりわけ好評なのが、それこそ4年くらい前から定着した、冬場の牡蠣蕎麦。バターまでトッピングしてあるので、牡蠣の風味をいっそう盛り立てて、濃醇な味わいに浸れる。
丹波屋では、10数年前から知り合いの伝手でネパール人をスタッフに雇い入れている。
ちょうどその頃から卓上のスパイスにピッキニー(青唐辛子)の効いたタレ、輪切りの鷹の爪を採用した。タレはいわゆるプリックナンプラー(魚醤)にしては匂いがマイルドだと思っていたら、伊豆諸島で刺身の漬けなどに使う、べっこう醤油にヒントを得た、こちらのオリジナル調味料だという。
それらがやや薄口のつゆを格段に強化し、柔めの蕎麦やことにうどんによく絡んで、まいうーとなったのだが、その鰹節を利かせたタレが牡蠣エキスの溶け込んだ汁と醸すマッチングも上々。これぞエスニックTGS!という新次元に突入した。
やはりネパール仕込みの、サラッとしたインドカレーが本格的で美味なことでも知られる丹波屋だが、同じくサイドでよく出すメニュー、あさりご飯とこの牡蠣蕎麦がまたドハマりなのだ。
この何重もの魚貝効果に、立ち食い蕎麦の可変性の極みを見せてもらった気さえする。これはもう、しばらく本宅には帰れまい……。
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