BW_machida
2020/12/29
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「下町」と聞いてまずどこが思い浮かぶでしょうか?
浅草、門前仲町、両国、錦糸町、葛飾柴又……レトロな江戸情緒を持ちつつどこか庶民的な雰囲気のある町が下町としてイメージされますが、実は江戸時代から「下町」として続く町はごく一部。日本橋、京橋、神田などが江戸時代から「下町」と呼ばれる地域である一方、浅草や葛飾柴又は東京の人口増加に伴って人々がその地に移り住んだことで新たに生まれてきた「下町」なのです。
三浦さんは、そのように時代ごとに東京各地で作られた「下町」を四つに分けて分析します。
・第一下町……江戸以来の下町。黄緑色塗りつぶし地域。
・第二下町……明治、大正以降の下町。黄色塗りつぶし地域。
・第三下町……昭和以降(関東大震災以降)の下町。水色塗りつぶし地域。
・第四下町……戦後の下町。紫色塗りつぶし地域。
“第一下町の時代において、第二下町はまだ郊外の農村、漁村であり、あるいは場末である。次に第二下町ができはじめた時代は、第三下町はまだ郊外であり、場末である。さらに第三下町ができはじめた時代には、第四下町はまだ郊外であり、場末である。というように人口の増加によって次第に東京が外縁部に拡大し、山の手の住宅地は東京の西側、南側に拡大したのに対して、下町は東京の東側、北側に移動、拡大してきた。”
例えば葛飾区は、現代では映画『男はつらいよ』や漫画『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の舞台として下町のイメージがすっかり定着していますが、それもこの分析によると決して昔からある下町と言うわけではなく、戦後の開発で下町として考えられるようになった「第四下町」、というある意味で新興の下町であることが分かります。
本書では、その葛飾区がいかに「下町」になっていったのかが詳細なデータと共に紹介されています。
“葛飾区の人口は1871年(明治4年)には1万6570人、1915年(大正4年)になっても2万2836人程度であった。これが23年の関東大震災以降増えていき、25年には4万9415人と倍増。30年には8万4456人とさらに2倍近く増加した。”
そう葛飾区の人口の遷移を説明する三浦さんは、人口増加の傾向は関東大震災以降の中でも戦後の時期が顕著だといいます。
“特に1960年代前半にはほぼ毎年5000戸の住宅建設があり、公営賃貸住宅も増加した。当初は木造が多く、どこかの土地を見つけたら早速建てるという状況だったようで、今でも葛飾区内を歩くと、あちこちに小規模な都営住宅が見つかる。”
こうしてどんどん住民を増やしていった葛飾区ですが、その人口増加の基盤には工場町としての成長があったそう。
“1930年当時、区内には従業員5人以上の工場だけで126カ所あり、従業員は3901人だったが、その後軍需の拡大により、43年には工場数2350、従業員数5万8000人に増加した。”
葛飾区の中川や綾瀬川沿いの地域では、舟運が利用できる便の良さから数多くの工場が建てられました。そのため上記のように、葛飾区は戦後の人口増加以前から大量の工場労働者が働く町として栄えたのです。
このような町工場の増加や人口増加に伴って、商店の数も激増しました。
“戦後、商店数は7093店に増え(1966年)、立石、四つ木、堀切菖蒲園、高砂、新小岩、金町、亀有などの商店が全盛期を迎えた。”
三浦さんはこの時期に葛飾区の「下町」らしさが誕生したと指摘します。
三浦さんが葛飾区に「下町」らしさが出来上がったとする時期、日本は高度経済成長真っ只中。葛飾区も例にもれず、町の工業、商業は近代化の中で発展しました。
そのように近代化の中で出来上がった「下町」であるにもかかわらず、私たちが葛飾区をどこか懐かしい情緒を持つ場所としてイメージするのは何故でしょうか?
三浦さんは「下町」が持つノスタルジーの理由を次のように説明します。
“下町がノスタルジーの対象となるのは、近代(化)と言う時代がノスタルジーの対象になったからだとも言える。下町イコール江戸情緒が残る世界なのではなく、というよりそれは間違いであり、むしろ本書で見たように、近代化とともに新しく生まれ拡大し続けてきたからこそ、今われわれを懐かしませるのである。”
“狭い借家に家族が暮らし、洗濯物は玄関の前に干し、部屋の中にいる姿も通りから網戸やすだれ越しに見える。庭はないが植木鉢を家の前に飾り、緑を楽しむ。プライバシーの中に閉じこもらず、あけっぴろげで、気さくで、言いたいことを言って生きている。そこには人間がいる。”
近代化の歴史の中で、日本は先進国の仲間入りを果たし生活を豊かにしてきました。そうした発展の中で生まれ、消えていった風景に、そこで生きた素朴な人間たちの姿に、私たちは焦がれているのかもしれません。
『下町はなぜ人を惹きつけるのか?』では、ここに例として挙げた葛飾区を含め13の下町の歴史が詳述されています。それぞれの町の経てきた歴史を知りその変遷の輪郭をなぞることで、ぜひあなたもその魅力を再発見してみてください。
文/藤沢緑彩
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