わたしの父の体に残る、12の弾丸の理由とは――エドガー賞最優秀長編賞最終候補

金杉由美 図書室司書

『父を撃った12の銃弾』文藝春秋
ハンナ・ティンティ/著 松本剛史/翻訳

 

 

無口な父親サミュエルと12歳の娘ルー。ふたりは長い間旅をしてきた。
母親のリリーはルーが物心つく前に湖で溺れて死んだという。
リリーの生まれ育った港町で、父は娘のために根を張って生きていこうと決意する。ふたりの新しい生活が始まった。
いじめや恋、排他的な隣人との争い。様々なトラブルを乗り越えて月日は流れる。
しかし、禍は追いつき、つつましい暮らしに影を投げかけた。

 

思春期にさしかかったばかりのルーの「現在」と、若き無法者だったサミュエルの「過去」。そのふたつが交互に語られていくことで徐々に謎が解き明かされ、隠れていた事実が見えてくる。
ルーの出生の秘密、リリーの死の真相、そしてサミュエルの体に残る12の弾痕の理由。

 

弾痕のひとつひとつに物語がある。
初めて他人の家に盗みに入った、あの時。リリーとサミュエルが出逢った、あの時。恐れを知らなかった、あの時。愛することを知った、あの時。
それらの記憶は銃によって肉体に刻み込まれている。
ルーはまだその物語を知らない。
彼女は母のぬくもりも知らない。
知っているのは、どこに住んでも父が母の遺品で祭壇のように飾り立てる浴室の光景だけ。
使いかけのシャンプーや口紅。走り書きのメモや捨てそこないのレシート。
そして大切に注意深く壁に貼られた何枚かのポートレイト。
写真の中の母はいつまでも若く美しい。

 

伸びやかに成長していく娘と、後悔に絡めとられその場に立ち尽くしたままの父。
でも銃痕はサミュエルが成長してきた証でもある。12の銃弾は肉体を傷つけるとともに心にも影響を及ぼして今の彼を創りあげた。

 

凄惨な場面も多く運命の厳しさが描かれているけれども、この小説はどこかユーモラスなものを含んで温かい。
ロードノベルであり、ノワールであり、なにより愛と絆の物語だ。

 

家族、恋人、親友。自分にとって大切な相手との絆に支えられて人びとは生きる。愛することや信じること、それ自体が生きていくための糧になる。裏切られ傷つくことがあっても、ふたたび愛さずにはいられない。

 

みんなが愛を見つけて愛を失い、愛から立ちなおってまた愛している

 

そして、誰かとのつながりがある限り人はこの世から消えはしない。
たとえ死んだとしても、誰かの記憶に残されていれば、存在は消えたりしないのだ。

 

あいつの話をしよう。
そしたらおれたちが死んだあとでも、ほかの連中があいつの話をするかもしれない。でなかったら、誰もあいつのことを思い出さなくなる。そこであいつの歴史は終わる

 

だからサミュエルは12回も撃たれたし、妻の遺品を浴室に並べる。
忘れない限りリリーは生き続ける。
ルーもこれから何回も裏切られ傷つき愛し愛されるだろう。
そしてタフな大人になっていくだろう。
そんなふうに人はみんな繋がって生きていくのだ。

 

こちらもおすすめ。

『血まみれ鉄拳ハイスクール』文藝春秋
ライアン・ギャティス/著 夏来健次/翻訳

 

舞台は、ドラッグの密売をやっている生徒と悪徳校長が牛耳る高校。そこで生き抜くために生徒たちはそれぞれなんらかの武術を身につけ武装して登校する。
人はその学校をこう呼ぶ。
「カンフーハイスクール」と。
ジャジャーン!
死亡遊戯とバトルロワイアルと池上遼一をごちゃまぜにしたようなバイオレンスエンタメ。
中国からやって来た武術の達人である従兄への恋心とか、学園最強だった兄が殺された喪失感とか、全校生徒によるノンストップ・バトルとか、わかりやすくてよい。
献辞がブルース・リーとロバート・コーミアに捧げられているので手に取ったものの、ブルース・リーはともかくロバート・コーミア的な要素はほとんどない。
心温まったりはしないけど、とにかくスピード感を楽しめる一冊。

 

『父を撃った12の銃弾』文藝春秋
ハンナ・ティンティ/著 松本剛史/翻訳

この記事を書いた人

金杉由美

-kanasugi-yumi-

図書室司書

都内の私立高校図書室で司書として勤務中。 図書室で購入した本のPOPを書いていたら、先生に「売れている本屋さんみたいですね!」と言われたけど、前職は売れない本屋の文芸書担当だったことは秘密。 本屋を辞めたら新刊なんか読まないで持ってる本だけ読み返して老後を過ごそう、と思っていたのに、気がついたらまた新刊を読むのに追われている。

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